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最近の行事報告

  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年7月27日号【第14号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎です。

     日本とフランスの外交関係の樹立は、幕末1858年10月の日仏修好通商条約の締結に遡ります。以降、多くのフランス人技術者が日本を訪れ、維新を経て開花期を迎えた明治日本の体制を支えました。その数は、ボアソナードやブスケなど300人を超えます。殖産興業政策をとる日本に不可欠であったのが先進産業技術の導入でした。そこで、活躍したのは、リヨン地方出身の、ポール・ブリュナ(富岡製糸場)やフランソワ・コアニェ(生野銀山、別子銅山)、そしてレオンス・ヴェルニ(横須賀海軍工廠)でした。この偶然は、リヨンが仏産業における最先端技術の集約地であったためだと思われます。

     日仏交流の中で多くの言葉が双方の言語に入り込みました。
     アンケート、アンポンタン、クーデター、オードブル、ミルフィーユ、カモフラージュ、デジャブ...これらは、フランス語から日本語に転用された言葉たちですが、発音が異なりますので注意が必要です。デジャブ(dêja-vu)の正しい発音は、デジャヴュですし、オードブル(hors d’œuvre)はオードゥーヴルです。ミルフィーユ(millefeuilles)に至っては、そのまま発音すると「1000人の娘さん」という意味になってしまいます。正しくはミルフイユ(1000枚の葉)です。フランス語に転用されている日本語も多くございます。SUSHI、SAKÉ、SAMURAÏ、ZEN、JUDO、SASHIMI、TATAMI、BONSAÏ、MANGA、は意味はそのままですが、KIMONOは柔道着、MAKIは巻き寿司、JAPONと言えば和紙です。最近では日本食ブームで、SHIITAKE、DASHI、UMAMI、WASABI、UZUなども通用します。

     当事務所は、今秋の目玉企画として、「絹が結ぶ縁(SOYEUX DESTIN)」を企画しています。その初期段階で種々アドバイスを頂いたのが、絹小物雑貨アーティストであるJEÏTO SP CreationのSonia Philippotさんでした。6月22日(月)彼女から招待を受けて出席したのが、「Les Trophées de l’Artisanat(ハンドメード優秀賞授賞式)」で、その中で見事に大賞を受賞されました。絹のイベントを行うこの年に、また一つ絹のストーリーが増えました。フランス人の考え方の特性について、フランス人が価値を置くのは、simplicité(素朴さ)とnaturalité(自然さ)だと聞いたことがあります。それぞれの作品は確かに手作りの温かさと親しみやすさに満ち満ちており、数々の受賞者の喜びの声と会場一杯の拍手を聞き、フランスでハンドメイド(artisanal)がとても大切にされている意味が少しわかりました。「絹が結ぶ縁(SOYEUX DESTIN)」については、6月24日(水)に第3回の実行委員会を開催し、講演会、記念レセプション、展示会等、順調に準備が進められていることが確認されました。

    (写真:受賞の挨拶を行うSonia Philippotさん。絹への愛情を語っておられました。)

     6月23日(火)、水墨画の巨匠、伊藤紫虹先生がリヨンを訪問され、リヨン第3区のThierry Philip区長と懇談をされました。伊藤先生は、来年3月、リヨン第3区役所のサロンにおいて、東北大震災の追悼を込めた展覧会を開催される予定でその準備のために来訪されました。ヴァイタリティ溢れる伊藤先生のお話を伺っていて、私自身むくむくと体の奥から元気が沸いて参りました。Thierry Philip区長も伊藤先生の作品に大変感銘を受けられたようで、震災から5周年という節目となる年に、追悼イベントができることは大変光栄であると述べておられました。本件成功に向けて、当事務所も全面的にバックアップを行う予定です。

    (写真:Thierry Philip三区区長と伊藤先生)

     6月25日(木)、石垣島で牧場経営をされている金城利憲さん(ゆいまーる牧場)、沖縄県音楽文化振興会理事長兼沖縄県ロック協会事務局長の喜屋武幸雄さん、沖縄欧州連合会の西平芳子さん、そして東京食文化創健舎の吉田範之さんが当事務所を来訪されました。皆様のお話はとても興味深く、沖縄を愛する一人として、熱いスピリットに感動し、黒毛和牛への情熱、そしてその攻めの姿勢に、私自身の魂が大いに触発されました。当事務所では、明年2月頃になると思われますが、オーベルニュ州及びリヨン近郊で、日本食品宣伝と日本文化紹介を兼ねて、和牛と日本酒のコラボ企画を考えており、是非その場でこの舌もとろける石垣和牛を紹介できればと目論んでおります。なお、2000年沖縄県で行われたG8主要国首脳会議の晩餐会で、各国首脳はこの石垣牛に舌鼓を打ちました。また、当事務所管内には多くの日本紹介イベントがあるので、例えばフランス中部最大の日本イベントJAPAN TOUCH(11月)などで、沖縄音楽を届けることはできないか今後検討して参りたいと思っております。

    (写真左:右から、吉田範之さん、金城利憲さん、所長、喜屋武幸雄さん、西平芳子さん、コーディネーターの齋籐しおりさん。背景は金子晴彦さん作の石垣焼きのプレートです。)
    (写真右:和牛の優れた特徴について金城利憲さんから講義を受けました。)

     6月27日(土)、1921年から27年まで駐日大使を務めたポール・クローデル氏の浮世絵コレクションから、月岡耕漁の作品約50展の展示イベントを、モレステル(Morestel)にあるメゾン・ラヴィエ(Maison Ravier)の協力の下行いました。月岡耕漁は、明治から大正にかけて活躍した浮世絵師で能画を得意としました。能衣装である着物の生地の質感を和紙に金箔を貼ったり、型加工を施すなどして見事に表現していました。とりわけ、今回展示した月岡の作品は、クローデルの遺族が永く保管されておられたもので、一枚一枚丁寧に保存されていたため、状態が極めてよく、訪れたフランス人も作品の高い芸術性に感嘆の声を上げておられました。クローデルの能への愛情、そして理解は、この作品を通して、何十年もの時を経て現代の我々に語りかけてくれるような気が致しました。

    (写真左:左からDidier Louvetブラング市長、Christian Rivalモレステル市長、Alain Moyene-Bressand国民議会議員兼クレミュー市長、Masion Ravier館長のBernard DEVILLERさんに所長。)
    (写真右:昨年の天皇誕生日レセプションに引き続き、今回琴の演奏を行って頂いたホップウッド祥子さん、日本から御両親が駆けつけて下さいました。)

    (写真左:スピーチでは、ポール・クローデルの日本文化に対する情熱と深い理解について言及しました。)
    (写真右:モレステルの町に響く琴の音色。クローデル大使もどこかでお聞きになっているかもしれません。)

     6月29日(月)は、管内アルデッシュ県庁を訪ね、アラン・トリオル(Alain TRIOLLE)知事と意見交換を行いました。日本の制度と異なり、フランスの県知事は国家の代表として地方に派遣される内務省の官吏です。県の中央に対する代表は、県会の互選による県議会議長です。さらにその上に、ミッテランの地方制度改革で誕生した、レジオン(région)があり(州又は地域圏と訳しています)、そのレジオンの制度改革が本年度実行され、来年2016年1月1日から、リヨン領事事務所管轄の12の県からなる巨大な州、オーベルニュ・ローヌアルプ州がスタートします。トリオル知事との懇談では、緊急事態発生時における邦人の安否確認の手段の確認やその支援要請を行いました。なお、国立行政学院(ENA)で研修中の外務省研修生1名が、本年9月からアルデッシュ県庁で研修させていただくとのことで、トリオル知事は大変喜んでおられました。

     県知事との意見交換を終え、アルデッシュのコルナス(CORNAS)に向かい、自ら葡萄畑を開墾し、自然派ワインを作っておられる日本人ワイン生産者大岡弘武さん(有限会社ヴォルテックス)を訪ねました。大岡さんは、ボルドー大学醸造学部でワイン学を学んだ後、ギガル(GUIGAL)の栽培責任者を務め、自然派ワイン生産者の伝説的人物ティエリー・アルマンに師事し、コルナスのワイン生産者となりました。大岡さんのワインは、徹頭徹尾自然との調和。畑には下草生え放題、虫も取りません。発酵は天然酵母のみ。亜硫酸等の補充も一切なし。何も足さず何も引かない超自然派ワインのそのお味は、まさに大地の恵みそのもので、森羅万象のエキスを絞って濃縮したものが口の中でそろっと落ちて爆発したような味でございました。

    (写真左:右端が大岡弘武さん、御家族でワインを生産されています。)
    (写真右:大岡さんのワイン畑。下草が多いのは自然派ワインの証)

     

    (写真左:大岡さんのワインは自身の朗らかさがそのまま移ったような素敵なお味でした。)
    (写真右:カーブの中は、真夏なのに約8度。いい感じで葡萄酒が眠っています。)

     7月2日(木)には、リヨンの日本語補習授業校の一つCSIリヨン国際学園日本語科の卒業式に来賓出席して参りました。小学校、中学校、高校、それぞれを修了・卒業する生徒・児童20名の皆様、本当におめでとうございました。先生、保護者の方もたくさん集まって頂いて、リヨンで迎える卒業式は、とても良い思い出になるのではないでしょうか。皆さん一人一人が学園生活で苦労した点や楽しかった点を日仏双方の言語でスピーチしておられましたね。鎖国を解いてたかだか150年、国際的相互依存関係の中で生きていく運命にある日本は、これからもさらに国際化が進んでいくことになります。子供たち一人一人の顔を拝見していて、これからの日本を、そして世界を担っていく人材であると確信した次第です。皆さん、スピーチの中でも申し上げましたが、成長するについて、所属する社会は大きくなります。そして社会が大きくなればなるほど、辛いことや苦しいことも増えてきます。しかし「艱難汝を玉にする」、という言葉を信じてがんばって下さい。そして、繰り返しますが、「感謝の気持ち」と「友情」を忘れないように、立派な大人になってください。

       

     7月3日(金)は、リヨン近郊にあるクラポン市(Craponne)のガリアノ市長の招きで同市を視察しました。ガリアノ市長は同時にリヨン・メトロポールの外交担当副市長を兼任されておられ、大変な親日家、クラポン市長を25年に亘って勤められておられます。クラポン市は、ソーヌ川へと続く小川が何本も流れており、そのせいか昔は200件以上も洗濯屋が軒を構え、リヨン市内から送られてくる洗濯物を処理していたそうです。現代では、その名残はなく、人口1万人のリヨンのベッドタウンとして機能しています。完成して間もない図書館を視察しましたら、マンガコーナーがあり、日本のマンガの仏語訳が並んでいました。

       

    (写真左:右からガリアノ市長、小林、ポンション文化担当第一助役)

     7月10日(土)は、グルノーブルまで足を伸ばし、楽しみにしていたグルノーブル短編映画祭に出席して参りました。楽しみにしていたと言いますのは、グルノーブルと姉妹都市関係にあるつくば市から、つくば市ショートムービーコンペティションの第1回及び第2回優勝作品の上映が実現したからであります。昨年グルノーブルを訪問された市原つくば市長の強い御指導を受け、つくば市役所とグルノーブル市役所そしてグルノーブル日本人会の皆様のご支援があって、この友好イベントが実現いたしました。市原市長、本当にありがとうございました。広場を埋め尽くしたたくさんのグルノーブル市民に楽しんでいただけたと思っております。紹介させていただいた作品は、第1回優勝作品「リアル・バレンタイン」と第2回優勝作品「岐路」です。「岐路」で主演を務めた、俳優の大石結介さんも駆けつけてくださり、深夜の上映にもかかわらず多くのグルノーブル市民から歓迎と感動の拍手を受けておられました。

    (写真左:今回上映された日本の短編2作品)
    (写真右:日本の作品は国際短編映画祭のトリにおかれ深夜半から始まりました。)

    (写真右:今回の計画を実現に導いた方々です。左から、トブナン納子さん、吉田若子さん、グルノーブル市役所のEric RECOURA課長、「岐路」主演俳優の大石結介さん、所長、つくば市文化振興課の沢田十和子さん、大前くみさん)

     7月11日(土)には、リヨン市内のギャラリーで、日本人アーティスト篠田美有さんの個展のオープニングに出席して参りました。作品をじっくり拝見させて頂き、素敵な色使いの心地よい作品に、ひと時の楽しい時間を過ごすことができました。

    (写真:左から二番目が篠田美有さん、右端が御亭主の篠田康生さん)

     7月13日(月)には、フランス革命記念日の軍事パレードに外交団として出席参列して参りました。通常は革命記念日のパレードは7月14日ですが、リヨンは市長、軍・警察・消防他の多くの幹部がシャンゼリゼのパレードに参列するため、毎年13日に行っております。リヨンには68の外交団(領事団)がおりますが、多くは名誉領事で、外交使節としての外交団は16カ国に限ります。仏国歌ラ・マルセイエーズが、リヨン・オペラ座の歌手の歌声で斉唱されると、沿道に詰め掛けた多くの市民から拍手が起こりました。その歓声は、1789年に共和制を勝ち取った市民の叫び声にも聞こえ、また翌日から本格的に開始するバカンスの開始ラッパのようにも聞こえました。リヨンのデフィレ(パレード)で最も歓声が大きかったのが、消防団(Pompier)の行進で、何故なのか隣のフランス人マダムにこっそりお聞きしましたら、「フランスの消防団は市民に本当に愛されているのよ、それに消防団が企画するダンスパーティはフランスの娘の最大の楽しみだしね」と笑って話しておられました。

    (写真左:デフィレの様子。)
    (写真右:ローヌ・アルプ州の軍警察のオートバイは、2年前に全種BMWからヤマハに変更になったそうです。)

    (写真:最も拍手と歓声の大きかった消防団のデフィレ)

     邦人の皆様におかれましては、バカンス中、安全の確保に留意頂き、素敵なバカンスをお過ごし下さい。それでは、またバカンス明けにお会い致しましょう。

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年6月30日号【第13号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎です。

     今回はお天気のお話を。

     フランスには、「4月には(天気が良くても)毛糸一本取ってはなりません、5月にはお好きになさい(En Avril ne te découvre pas d’un fil, en mai fais ce qu’il te plaît)」という諺がございます。ここ数週間のリヨンは、お天気に恵まれておりますが、30度を超える日もあれば朝方は冷え込み20度を下回る日もあり、気温の変化で風邪をお召しになる方もおられます。古人はうまく言うものだと、季節のずれは意識しつつも、諺の意味を実感しました。

     葡萄について申せば、秋の収穫に向けて重要になってくるのはこれからの気温と日照量だそうで、暑すぎず、涼しすぎず、程よい気温で、お日様の恵みをたっぷり頂くと美味しい葡萄酒ができるとか。

     フランスの家にはエアコンがありませんが湿度が低いので日蔭はひんやりといたします。猛暑(canicule)の日には、日中は幌を閉めて、夜の間に部屋に溜まった寒気を閉じ込めて、陽が沈んだ頃に幌を開け落ち着きだした外気を部屋に迎え入れます。

     お日様の光は夏のバカンスに向けて光量が日に日に増してくるようで、最近ではサングラスがないと眩し過ぎて我慢できません。光を反射する石の建物が美しく際立ち、木々の緑とアンサンブルをなしています。日光に焼かれた石壁の匂いは、私にとっては南仏を即座に想起させる記憶ですが、6月に入るとリヨンでも同じ匂いがして、夏のコートダジュールを思い出します。街ゆく人々も同様なのか、7月14日の独立記念日から始まるバカンス/グランデパールに向けて、気もそぞろな様子です。

     5月26日(火)は、リヨンの近郊にある、ヌーヴィル・シュール・ソーヌ市(Neuville sur Saône)で開催された日本文化紹介イベント、第5回マンガソーヌに出席して参りました。地元の青年会が主体となって企画が進められ、地元の子供から大人までの参加型文化イベントとなっています。具体的には、漫画教室、折り紙教室、コスプレ大会、おたくアート、日本喫茶店、日本映画上映、ビデオゲーム体験、座禅体験、合気道体験、居合道体験、空手道教室、柔道教室、書道教室、切り紙教室、雛人形の展示、着物と帯の展示、そして日本食講座として出汁と旨味の実演が内容となります。また、5周年を記念してソメイヨシノの植樹を行いました。ヴァレリー・グラタール(Valérie GLATARD)ヌーヴィル・シュール・ソーヌ市長の計らいで、桜の木は市庁舎横の市民公園の一番真ん中に植えることになり、桜の季節には市民の心を和ませることになるのでしょう。一つの自治体が一国の文化をこれほど徹底的に町ぐるみで紹介してくれる機会は日本でもなかなかないのではと思います。それほどまでに市民の心を鷲掴みにしている日本文化の奥深さと幅の広さそしてその無限の魅力を強く認識致しました。

    (写真左:御挨拶をする小林所長、桜の語源について紹介致しました。)
    (写真右:グラタール市長と桜を植樹、いつか綺麗な花を咲かしてくれることでしょう。)

    (写真左:市庁舎も町中も日本のデコレーションがなされていて、すっかり日本色でした。)
    (写真右:雛人形の持つ意味について市長へ御説明。大変関心を持っておいででした。)

    (写真:コスプレは、いまや日本ポップカルチャーの王道です。漫画から飛び出してきたようなコスプレーヤーたちです。お馴染のキャラクターも多いですね。)

    (写真左:雛人形や色鮮やかな着物の前で女の子が立ち止り熱心に見つめる姿が印象的でした。)
    (写真右:合谷哲哉さん作成の折り紙作品。ハサミを一切入れない作り方は、数学のテクニックを駆使しておられます。)

    (写真:バイウ堀越歌子さん、事務所の穴見職員による和食のデモンストレーションは、大変好評で、出汁を使った和風スパゲティーにはお代わり希望の列ができるほどでございました。また、リヨン補習校の西川由里子先生にもお手伝をしていただきました。多くの方の力で外交は進められていきます。)

     

    (写真左:和風スパゲッティ―を試食する人たち、この笑顔が全てを物語っています。)
    (写真右:左から、和服を展示頂き琴の演奏をしていただいたホップウッド祥子さん、当地で活躍するイラストレーターの宮本千安紀さん、所長、JANA(Japon Auvergne Nippon Auvergne) の合谷夫妻。)

     5月27日(水)、オートサヴォア県のシャモニー・モンブラン市を訪問し、シャモニー市で行われる日本紹介文化イベントに出席して参りました。リヨンから車で二時間半の場所にあるシャモニーは、イタリアとの国境を接する町で、モンブラン・トンネルを抜けるとイタリアのクールマイヨールです。壮大なモンブランに手が届きそうなフレンチアルプスの姿は、美しすぎて見ているだけで吸い込まれていきそうです。シャモニーは、以前にも申し上げましたが山梨県富士吉田市と姉妹都市協定を結んでおり、両市の交流はとても活発です。
    今回の文化イベントは、姉妹都市交流を推進するシャモニー富士吉田協会が主催し、シャモニー市が共催する行事で、リヨン事務所も随所で貢献させていただきました。文化センターを使っての日本文化紹介イベントは内容も濃く、大変充実したもので、シャモニー市に住まわれている邦人の皆様の熱意が感じられました。夜は、三味線と太鼓のコラボのコンサートがあり、前任地エチオピアで、2013年TICADV閣僚準備会合の際に演奏を披露頂いた津軽三味線演奏家の大野敬正さんと、シャモニーで再会することになり、御縁に感謝をしました。

     

    (写真左:何よりも雄大な景色、そして空気がとても美味しいです。)
    (写真右:富士吉田公園で。左から、シャモニー日本人会の神田泰夫会長、シャモニー・富士吉田協会のシャンタル・ラフマ会長、小林、シャモニー観光局の横山日出現さん、白野民樹さん)

     

    (写真左:富士吉田市との交流の歴史が紹介されていましたが、関係を大切にされている様子が伝わりました。ラフマ会長の日本に向けられた情熱と愛情には頭が下がります。)
    (写真右:会場では、これから日本に留学する、あるいはワーキングホリデーで日本を訪問すると言った方が多数声をかけてくださいました。)

    (写真左:シャモニー市長と桜の苗木を植樹しました。)
    (写真右:シャモニー市は氷河に削られた町で、山がすぐ傍まで迫ってきています。)

    (写真左:三味線と太鼓のコラボが奏でる日本の情緒は素晴らしく拍手喝采でした。)
    (写真右:遠くに見える丸い山がモンブランです。標高は4810m、西ヨーロッパ最高峰です。正午の針という名のl’Aiguille du Midiにはロープウエーで行けます。標高3777mからのモンブランの眺めは絶景です。)

     5月28日(木)には、アヌシーにある日系企業PILOTを訪問させていただきました。PILOT Corporation of Europe は、生産・販売拠点として欧州を中心とする世界32カ国の販路の中心にあります。ナミキブランドで知られるパイロット万年筆は、大正の時代には世界航海に旅立っていたそうです。早い世界戦略に感動しました。2006年にパリに勤務を開始した時にフリクションと出会いそれからの愛好家ですとお話ししたところ、まさに2006年に欧州からフリクションの販売がスタートしたそうです。それは、フランスの子供達が万年筆とインク消しを別々に使っているのを見て、一本化した製品を作れないかというアイデアから開発が始まったそうで、それで欧州で最初に販売されたそうです。

     現在この工場では、幾つかのボールペンを作っておられますが、目を引いたのは、B2Pというもので、ペットボトルを再生してペンにしたものです。商品開発の裏側についてお話を伺うことができ、ペン先に拘り続ける職人の心を見た思いがし、大変感動いたしました。因みに、フリクションは、ある温度まで冷やすと消えた文字が浮き上がると言うトリビアな事実を皆様は御存知でしたでしょうか。

    (写真左:これがB2Pの原料となるペットボトルの廃材です。見事なエコ商品ですね。 風岡泰之代表取締役社長と。)
    (写真右:パイロットの倉庫はハイテク設備満載のものでした。皆様と一緒に記念撮影。左から風岡社長、湖雅行欧州財務担当責任者、Patrick FORVEILLE, Corporate Services Manager, 村田雅彦欧州コーディネーター、市川健悟欧州シニアコーディネーター)

     5月29日(金)、3年に一度の世界バラ会議に参加された日本の代表団の方々とお話させていただきました。この世界バラ会議では、世界40カ国に存在するバラ会の方々が集まられ、様々なセッションに分かれて議論をされ情報交換をされます。これに因んで、リヨンでは様々なバラのデコレーションがなされました。リヨンとバラの関係は深く、フランス・オールド・ローズ協会の本部はリヨンにございます。オールド・ローズというのは、御説明を伺いますと19世紀半ばから活発になったバラの新種改良の原種となるバラのことで、絶滅危惧とされていることから保護育成の対象となっているそうです。

     そのフランス・オールド・ローズ協会からは、2011年の東北大震災の際に、新種のバラである「絆」をチャリティーとしてとして日本に寄贈いただきました。「絆」の原種は、19世紀に日本から渡ったバラの種子から新混種であるPolyanthaバラであり、そこから世代を経て改良がおこなわれ、今度は「絆」として日本に贈られたということです。

    (写真左:世界バラ会議日本代表団の皆様、前列左から世界薔薇会連合極東代表の津下孝正副会長、小林、蕨和雄佐倉市長、神戸国際大学の白砂伸夫教授
    後列左から千葉県環境生活部自然保護課生物多様性センターの御巫由紀副主幹、コンサルタントのフローランタン柳楽桜子氏、バラ文化研究所の前原克彦理事長、岩越シェフ、津下夫人、京成バラ園芸の金子芳和代表取締役社長、産経メディックスの玉置一裕次長)

    (写真左:世界バラ祭りのポスターです)
    (写真右:バラで装飾されたジャコバン広場 )

     6月11日(木)、世界14カ国21校で展開されているファッション・服飾学校のエスモードリヨン校の卒業ファッションショーに行って参りました。エスモードインターナショナル代表の仁野覚さんは、服飾界でも大変有名な方で、小生はパリ大使館勤務時代に色々とお話をお伺いした御縁から、今回は久々の再会を楽しみにしておりました。学生の作品とは思えない数々の作品に大変驚かされました。独創的でシュールな作品もあれば、日本で研修旅行中に入手したと言う唐笠文様を使った作品もあり、想像力がこれでもかといわんばかりに開花している様子でした。仁野代表が最後に、数百人の観客(服飾関係者や生徒の友人や家族)から割れんばかりの拍手で迎えられステージに上がり、最優秀作品の生徒を優しくねぎらう姿に、思わず「かっこいいなあ」と呟いてしまいました。

     6月12日(金)、郷里岡山の友人、ジャパン・ブルーの眞鍋徳さんが領事事務所を訪ねて下さいました。眞鍋氏は、桃太郎ジーンズで有名なジャパン・ブルーの専務取締役、人生修行もあって、パリに単身乗り込み、デニム生地のサンプルを持っては、ファッション業界、服飾業界、繊維業界に辛抱強く売り込みを行い、今ではフランスでも人気トップのデニムの一つとして扱われるまでになりました。眞鍋氏の熱い視線は、いいものは絶対に売れる、こういう信念を訴えかけているように思えました。日本製品は付加価値の固まりです。つまり丁寧な作り、手を抜かない作り手の心がこもっている商品は、世界市場でも必ず通用するはず、そういう信念を私も強く持ちました。

     

    (写真:眞鍋徳さんと4年ぶりの再会でした。)

     同じく6月12日(金)、茅ヶ崎の(株)由紀精密と、同じく茅ヶ崎でモノづくりクラスターのメンバー企業株式会社ダイショウさんが、領事事務所をお訪ねになりました。由紀精密は、欧州事業展開の拠点として、当地リヨンに事務所を構えるとのことで、在リヨン領事事務所の管内149社目の日本企業の誕生となりました。御説明によると由紀精密さんは、研究開発型町工場と名打ち、フランスの航空宇宙産業市場への参入を視野に置いておられます。我が国の経済を支えているのは、明治以来のノウハウと匠の技術、R&Dとイノベーションを蓄積してきた中小企業にこそある、と私はいつも思っております。とりわけ、日本産業は、家電分野で他国に道を譲った部分がありますが、「重工業」と「素材・部品」分野では、依然として世界一のレベルを誇ります。由紀精密が得意とされる精密切削加工分野はその中でも他国の追随を許さないものです。今回は、由紀精密、ダイショウととても元気な日本の中小の若年経営者と意見交換ができ、本当に日本の将来に光明が差した気持ちがしました。

     リヨンは、2016年1月1日に合併するオーベルニュ・ローヌ=アルプ州の州都となり、同州はこれからもフランス国内第2位、欧州第6位の経済成長拠点として、リヨンを中心に活発な動きを見せることでしょう。日本企業の皆様で当地進出に御関心のある方は、当事務所の日本企業担当まで御相談下さい(http://www.lyon.fr.emb-japan.go.jp/jp/goikenbako.html)。

     

    (写真左から:株式会社ダイショウの石塚裕代表取締役、小林、株式会社由紀精密の大坪正人社長、同 北野歩フランス法人代表)

     6月12日(金)から14日(日)まで、リヨン市内ベルクール広場で、領事祭が開催されました。リヨンは、実は欧州第2位の領事団を抱える都市であり、総領事、領事といった職業領事は16か国、名誉領事が52か国ございます。ですので、領事祭は各国競っての出し物の披露となり、各国が独自の特色を生かしつつ、自国の文化、観光案内、自国企業の宣伝などに励んでいます。当然ながら、我が国も毎年この行事に参加しているのですが、何せ少ない人員で対応しなければならないことから、多くの方の御協力を頂戴して行わさせていただいております。今回お助けいただいたのは、アーダン化粧品、ジャパン・ブルー、小池経編染工所(両毛シルクワールド研究所)、エンジェルピーチ、さつき、味の素、Voyage&Tradition、Cuisine d’Utako、エスパス・リヨンジャポン、リヨン補習授業校、ANAパリ支店、JALパリ支店、Paris Taiko Ensembleです。

     本当に御協力ありがとうございました。我が国のブースは、お陰様でいつでも超満員で、いかに日本の人気が高いがわかります。今回は、日本食の体験(わかめサラダ、手巻き寿司)、書道教室、折り紙教室、日本語教室、和太鼓の演奏、餃子の試食会、和菓子の試食会、邦人企業による自社商品の説明、そして日本向け旅行の案内でございました。どれも大変な人気で、最後の最後まで人の往来が絶えず、さすがに日本だと誇らしく思いました。来年は5月にリヨン領事祭は予定されております。私たち領事事務所と一緒に日本の応援に御協力していただける方、当事務所まで御連絡下さいませ。

     

    (写真左:カンボジアのブースでは見事なカンボジア・ダンスを披露されていました。)
    (写真右:左から、ジャパン・ブルーと小池経編染工所の出展コーディネートをなさった大和田里佳さん、アーダン化粧品の藤原享子さん、エンジェルピーチの屋富祖裕子さん。皆さん、本当にありがとうございました。)

     

    (写真左:ジャパン・ブルーの眞鍋徳氏も反応が良かったと言ってくださいました。)
    (写真右:12日の夜には領事団を招いた公式晩さん会が市長舎で開催されました。)

     

    (写真左:エスパス・リヨンジャポンによるわかめサラダ教室は大変な人気、子供たちは自分で作ったサラダをおいしそうに食べていました。)
    (写真右:エスパス・リヨンジャポンの会員の皆さんが折った千羽鶴で作られた日の丸。見事です。)

     

    (写真左:世界各国の民族衣装を見るのも楽しみの一つです。これはアルメニア。)
    (写真右:コロン市長もブースを訪ねて下さいました。左から、ドニャン=ソージュ副市長、江頭副領事、コロン市長、両毛シルクワールド研究会会長で、小池経編染工所の小池隆社長、トルコ総領事(領事団長))

     

    (写真左:味の素さん提供の餃子はいつも大人気です。)
    (写真右:FMラジオ・リヨンプルミエの生放送に出演しました。日本文化の深さについて語りました。日本の魅力を宣伝するのは外交官の大切な仕事です。)

     

    (写真左:リヨン補習授業校北田校長と石川先生による書道教室に、江頭副領事も加わり多くのリヨンの方に書道の魅力を伝えることができました。)
    (写真右:日本のブースの前はいつも人だかりができるので、遠くからでもすぐに解ります。)

     

    (写真左:日本食品店『さつき』による日本茶の試飲と和菓子の試食。)
    (写真右:あいにくの雨交じりの中行われた、日曜日のステージオープニングの和太鼓のコンサートにも、傘を持った多くの市民が集まりました。)

     

    (写真左:真剣な表情で筆を操っています。いつの日かこの原体験を思い出してほしいです。)
    (写真右:リヨン補習授業校理事のお二人による折り紙教室。折り紙教室はいつでも、どこでも大人気です。特に大人が多いのに驚きます。)

     

    (写真左:小林も餃子焼き隊長代理を拝命し、しっかり焼かせていただきました。)
    (写真右:バイウ堀越歌子さんの手巻寿司教室は大変好評で、予定定員がすぐに一杯に。)

     

    (写真左:VOYAGE ET TRADITION名取由紀子さんのテーブルには日本旅行について質問する人たちがたくさん訪れました。)
    (写真右:一部先にお帰りになった方もおられますが、今回の領事祭で活躍して下さったスタッフ。)

     6月13日(土)、リヨン領事祭の間を縫って、講道館柔道六段のティエリー・ロバン氏が主催するスポーツイベント、その名も、UNDOKAIに出席して参りました。来年は日本武道をテーマに何かイベントをやりたいなと言うことを公言しておりましたら、在リヨンの武道家達の間では日本領事が何かやるそうだ!と、既に評判が立ち始めている様子でした。UNDOKAIは、ロバン氏が指導する柔道・柔術、合気道の演武の他、空手や忍術の演武が披露されました。忍者・忍術というのは、漫画NARUTOの影響があるのかもしれませんが、実は海外で大変人気のある日本の文化の一つです。

     

    (写真左:中央紅白帯の方が主催者のティエリー・ロバン氏、その左は元アイスダンスの金メダリストで、現在はローヌアルプ州議会議員のグウェンダル・ペーゼラ氏)
    (写真右:空手の演武もなかなか迫力があり結構でした。)

     6月13日(土)、各種行事の合間を縫って、リヨン日本人会が、「駒形どぜう」の御主人渡辺孝之さんにお願いして、そば打ちの会を開催したので行って参りました。渡辺さんのお話を伺いまして驚きましたのが、もう15年も続けてリヨンにお越しになってお蕎麦打ちを披露し、お蕎麦を出していただいているとか。その間、全てボランティアで行っているとお聞きして頭が下がる思いがいたしました。頂いたお蕎麦の味は、お人柄が出ると言うか、愛情にあふれたとっても美味しいお味でございました。9600キロを離れてここリヨンに住んでいる邦人にとって、このお蕎麦の味は忘れられない夏の思い出になったに違いありません。

     また、渡辺さんと一緒に、江戸手描き提灯職人の恩田舜史さんもお越しになり、子供たちが提灯に江戸文字でお名前を書いて頂いていました。当事務所にも大きな提灯を一つ御寄贈頂いたので、この冬の天皇誕生日レセプションで使わせていただこうと思っております。

     

    (写真左:在留邦人を中心に約40名が集まり、打ちたてのお蕎麦に舌鼓を打ちました。)
    (写真右:左から、日本人会のイブラール栄子さん、提灯職人の恩田さん、所長、ガートナー典子さん、スーション淑子さん、渡辺さん、ザンデル孝子さん)

     

    (写真左:見る見るうちに四角い板ができる様子に子供達も大変驚いていました。)
    (写真右:そば切りの妙技は大変素晴らしく、出席したフランス人からは「Formidable」と言う言葉が聞かれました。)

     6月14日(日)、領事祭に出席しておりましたが、コンフュリュエンス地区で行われたさくらんぼ祭にも顔を出させていただきました。ここにはリヨン日本人会が出店するブースがあり、日本人会の皆様が楽しそうに市民との交流をされていました。風船釣りやたこ焼きなど、日本のお祭りを思い出させるものもあり、大変心の籠った素晴らしい企画だったと思います。割り箸を使ったゴム鉄砲作りでは、ビデオゲーム全盛期の今日、多くの子供が真剣に作品作りに取り組んでいるのを見て、いつの時代も子供は同じだなと思い、少し安心いたしました。

     

    (写真左:リヨンのコンフリュエンス地区は、スマートグリッド適応の未来都市です。)
    (写真右:これが複合スマートビルHIKARIの全様です。隈健吾さんの設計。今年9月に引き渡し式典が行われる予定です。)

     

    (写真左:右から日本人会理事で元事務局長の石田郁男さん、小林、日本人会理事のジェシカ・バロさん。)
    (写真右:日本人のお祭りにはたこ焼きマシーンは必携です。皆様、ありがとうございました!とっても美味しかったです!)

     6月19日(金)、リヨン第三大学、リヨン企業協会、北イゼール商工会議所、Caisse d’Epargneの共催で、昼食討論会が開かれ、講師としてお話をしてまいりました。講演のテーマは、「日本経済成長の鍵となるもの」ということで、①アベノミクスの3本の矢、とりわけ成長戦略の重要性、②日本経済の底力は中小企業にあるとして、その部品・材料分野における比較優位について、多様な例を用いて説明、③加えて日本市場の魅力と日本経済の実力、最先端技術や優れた産業技術、蓄積されたイノベーション能力、R&Dについて語ると共に、④同じ価値観を共有し、共に高い技術力を備えた経済主体の存在からして、フランス企業が将来を見据えた形でタッグを組むのは日本以外になかろう、そしてそれが新たな日仏産業協力の地平線にある姿であると述べました。

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年6月1日号【第12号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎です。

     古文書を紐解きますと、リヨンに日本の領事館が設立されたのは明治17(1884)年8月29日、この時期の日本は明治の坂を駆け上がる殖産興業政策の只中にあり、リヨン領事館は富岡製糸場に代表される我が国製糸産業とリヨンの絹織物業の補完関係をベースに、日仏黎明期に多大な役割を果たすことになります。昭和12(1937)年6月30日に、約半世紀の役割を終えリヨン領事館は閉館、平成15年(2003)4月1日に「在リヨン出張駐在官事務所」として、約70年振りに外交活動を再開、平成26年(2014)年8月1日には名称を現在の「在リヨン領事事務所」に改め、国民の皆様のお役に立てる領事事務所として精励の日々を送っております。

     歴代領事のうち、大正9年5月26日に着任した若槻馥次郎領事は、「L’Empire du Soleil Levant(日出ずる帝国)」や「Le pays des cerisiers et de la soie(桜と絹の国)」などの書籍を残しました。極めて流暢なフランス語を駆使し数々の文化行事を通じリヨン市民に愛され、リヨン市内8区には同領事の名を冠したワカツキ通(Rue WAKATSUKI)が作られました。また、昭和12年リヨン領事館閉館時の友田二郎領事は、高円宮妃殿下の御曽祖父であられる他、外交官なら誰でも一度はお世話になったことのある、プロトコールの教科書『国際儀礼とエチケット』の著者としても有名でございます。

     また、リヨンでは、1996年にG7首脳国会議が開催されました。その際には日本から橋本龍太郎総理(当時)が出席になり、市内の有名レストラン「Leon de Lyon」では、ジャック・シラク大統領(当時)主催の夕食会が開催され、今でもそこでは橋本総理のお写真を大切に飾ってございます。

    (写真左:リヨン第8区にある若槻通)
    (写真右:ジャック・シラク大統領と橋本総理のお写真、右列中央@Leon de Lyon)

     5月12日(火)、リヨンから60キロ南西にあるロワール県の県庁所在地サン=テチエンヌにある、日系企業SEACを訪問いたしました。静岡県浜松市に本社があるソミック石川とJTEKTの合弁企業で、車両部品であるボール・ジョイントの生産拠点として、2001年から活動を行っておられます。従業員数は107名を数え、地域雇用に大変な貢献をされています。鈴木隆泰副社長のお話を伺っていて大変感銘を受けましたのが、フランスに根付く日本的な細やかさと徹底的な姿勢であります。仮に不良品が発生した時には、関係する専門家が集まり結論が出るまで議論を尽くし、その原因を徹底的に追及し、再発防止につなげると言うことでした。錯覚、錯誤、勘違い、記憶違い、ケアレスミス、注意散漫、確認不足等々、技術の世界のみならず外交の世界でも、ヒューマンエラーは避けることはできません。その際に、重要なことは、ミスの後のフォローであって、ミスをミスでなく貴重な経験とするという発想です。御説明を受けてなるほどだなと感じましたのは、ミスの工程を辿っていくと、大概の場合は、変化点つまり何か工程に変化を加えた部分が怪しく、ミスが生まれる可能性が高いということで、大変勉強になりました。

     その後、サン=テチエンヌ市庁舎を訪問し、ガエル・ペルドゥリオ(Gaël PERDRIAU)市長と意見交換を行いました。サン=テチエンヌは、人口約18万人のフランスでは中規模工業都市でありますが、もう一つの顔はデザイン都市という姿です。ユネスコの創造都市ネットワークに加わり、2010年からフランスを代表してデザイン分野に参加しておられます。その関係で、神戸市、名古屋市、金沢市と恒常的に交流があるとのこと。二年に一度のデザイン・ビエンナーレには世界中から若手アーティスト、デザイナーがサン=テチエンヌに集まります。今年の招待国は韓国であったとか。次は日本でどうですか?とお尋ねしましたら、もしその御希望があれば喜んで前向きに検討いたしますよとの回答でした。

    (写真左:SEAC鈴木隆泰副社長、小林、同新倉康之さん、同青島剛史さん)
    (写真右:左から、ペルドゥリオ・サン=テチエンヌ市長、小林、ドゥニス・シャンブ(Denis CHAMBE)国際担当助役)

     5月16日(土)午前、リヨンで仏全国ジュニア柔道選手権が開催され来賓として出席致しました。御承知のとおり、フランスは世界最大の柔道人口を有しており、小さな町や村に行っても道場が設置されています。もはや、柔道はフランスの国民的競技になった感がございます。本大会にパリからいらした全仏柔道連盟のルジェ会長とお話した際には、「柔道人口が増えるのは結構なことであるが、柔道はスポーツではなくあくまでも武道であるので、礼儀作法は勝負より重要である、とりわけ勝負に負けたときの礼はさらに重要である」と提言しました。会場の熱気は大変なもので、この中から将来の柔道世界チャンピオンが生まれてくると思うと胸が高鳴り、負けるな日本柔道!との思いを強くしました。リヨンのみならず仏全土で日本の武道は大変な人気を博しており、当事務所にも週に一通は必ず武道の催し物への招待を頂きます。そして、どこの道場に参りましても、日の丸があり、日本語があり、日本へのリスペクトがあります。今年は「絹」をテーマにした大きな行事を行いますが、来年は是非「日本武道」をテーマに据えた大きな文化行事をやらせていただきたいものだと思案しているところでございます。

    (写真左:全仏柔道連盟のルジェ会長と)  
    (写真右:ジュニア選手とはいえ、全国大会は大変レベルの高いものでした。)

     5月16日(土)午後には、リヨンから120キロ西方のティエール市(Thiers)で開催されている、国際ナイフ見本市に、来賓出席致しました。この国際ナイフ見本市は、世界20ヶ国から200人のナイフ職人が集い、その美しさや磨きの技術を披露して競い合うというもので、日本からは、松野さん、原さん、大田さん、入江さんの4組が参加されていました。ティエール市はオーベルニュ州ピュイ・ド・ドーム県の郡庁所在地で、人口は約13000名、中世からドイツのゾーリンゲンと並び称されるナイフの街です。中でも、ライオール製のソムリエナイフは、ソムリエたちの垂涎の的となっており、柄の部分に施された様々な柄やデザイン、握った感覚、自分に合ったベストなものが必ず見つかると言われています。お肉を頂くときの肉切りナイフも有名です。なお、ティエール市は、岐阜県関市と友好都市関係にございます。クロード・ノブトニ(Claude NOVOTNY)ティエール市長とは、小林の地元には備前長船という名刀がありますと紹介したところ、日本刀の比較展示会ができたらいいですねと盛り上がりました。

    (写真左:日本からナイフ見本市に出品された松野さん(左)と原さん(右)、他にも2組の日本の方が出品)  
    (写真右:ティエールのナイフは世界の料理人に愛されています。)

    (写真左:ティエールは中世から栄えた歴史ある街で小路はとても趣のあるものでした。)
    (写真右:挨拶では、ティエールのナイフに匹敵する芸術が日本にはある!と日本刀の素晴らしさを宣伝。ノブトニ(Claude NOVOTNY)ティエール市長も出席されました(左から二番目))

     5月17日(日)には、在リヨン事務所の管轄を少し外れますが、招待を受けましたので、マコン市まで足を伸ばし、天真正伝香取神道流の大竹信利先生による欧州合宿記念演武会に出席させていただきました。天真正伝香取神道流は日本古武術の源流の一つと伝承されており、千葉県の無形文化財に指定されています。日本の武道人気は、いまやフランス全土を席巻しているようで、先生のお話では、天真正伝香取神道流においても、今では海外の方がお弟子さんの数が上回るとのこと。演武会の会場となった体育館を訪れた時には、袴姿で木刀を振り合う70名を超える外国人剣士の姿に思わず驚きの声をあげてしまいました。大竹先生の御説明は、時にユーモアを交えつつ剣の理を鋭く説くもので、一つ一つの剣の動作にどういう意味があるのか、大変わかりやすく説明されておられ、誰にでも納得のできる理というものは、単純明快であるべきだと悟りました。

     

    (写真左:宙を舞う大竹先生の演武。先生の演武は軽やかで力強いものでした。)  
    (写真中:お弟子さんの演武。香取神道流らしい迫力と緊張感が辺りを包みます。)
    (写真右:演武会には、前日仏議連メンバーで親日家の、ジェラール・ボワザン氏も訪れました。ボワザン氏は現在やまなし大使も務められておいでです。)

     5月18日(月)には、リヨン市内の公立アンペール高校を訪問して、教育広報として、日本語クラスで特別授業を行いました。公立高校で選択外国語として日本語のある高校は、仏全土でも数えるほどしかなく、そのうちの一つがリヨンの進学校アンペール高校です。アンペール高校の創立は1519年と古く、かつてはイエズス会によって運営されていました。1988年に、物理学者アンペールの名前を取り現在の名前になりました。バカロレア準備に基づき、高校1年から3年まで、第三外国語としてのヘブライ語や日本語、アラビア語を教えるなど、外国語・外国文化に関する教育に力を入れておられます。生徒さんたちと一時間半を共に過ごして感じたことは、いかにも強い日本に対する敬意と憧れでした。この高校生たちは日本の地を踏むことが夢であるとはっきり言っています。我が国日本がこの高校生たちにとってこの先もずっと憧憬と尊敬の対象であり続けるために、自分は一人の日本人としては何を行うべきであろうか、ということをふと考えてしまいました。

     

    (写真左:校長のジャン=マリー・ブクリ先生に、アンペール高校の資料室を特別に案内していただきました。)  
    (写真右:18世紀の書物に、しっかりと「日本海(Mer du Japon)」と書かれてあることを確認いたしました。)

       

    (写真左:講義は時に日本語を交えつつ行いましたが、日本と日本語への高い関心に感激しました。)  
    (写真右:壁には、福島県県立田村高校との交流の楽しい様子がたくさんの写真と共に紹介されていました。)

     

     5月19日(火)には、ジェルラン日本語補習校の学習発表会があり来賓としてお招きいただきました。ジェルラン学園は、リヨン補習校と並び100余りのリヨン市及びその周辺地域にある日系企業の子女教育の場として、また、日仏子にとっての母国語の学び舎として、大変重要な役割を担っております。日本人の海外進出が進む中、子女教育はその最大の関心の一つであります。親御さんのお気持ちは、補習校で学ぶ週何コマの日本語補習授業に縋る思いでございましょうし、お子さんにしてみても日本のカリキュラムに従って日本の教科書を使って日本語を学ぶ楽しみを得る場所でもございます。外務省としても文部科学省と協議しながら日本語補習校の拡充に向けて年々その取組を強化してきているところでございます。

     5月20日(水)は、再びジェルラン学園を訪問し、国際クラスの小学校6年生を対象に、日本について教育広報を行いました。授業の様子は、保護者会の際に保護者に披露するとのことで、ビデオ撮影を受けながらの授業となりましたが、結果は大成功で2時間の授業の間は笑いが飛び交いました。担任の先生からは、授業が終わった瞬間に、「ブラボー!」とほめて頂けました。

     

    (写真左:生徒一人一人からの質問コーナーがあり、日本の議会制度に対する質問などレベルが高いものでした。)  
    (写真右:生徒は日本についての学習がようやく始まったところで、日本への関心が高かったです。)

     

    (写真左:日本人子弟も元気に学習しておられました。)  
    (写真右:中学部のお兄さんお姉さんも授業を途中まで参観してくれました。)

     5月21日(木)は、当事務所協力の下、メゾン・ラヴィエが来月実施する、ポール・クローデル所蔵浮世絵画展の記者発表・記者説明会を在リヨン領事事務所にて行いました。当事務所関連の文化行事の記者発表は今年に入って二度目になります。これは文化行事を単に実施して満足するのではなく、領事自らがマスコミに当該文化行事の重要性や見どころを解説することで、マスコミ関係者に正確に掲載していただき宣伝効果を高めることを狙いにしております。今後も大きな行事の前には同様の記者説明・記者発表会を開催する所存です。小官からは、400種類以上ある一つ一つに雅な名前をつけた大和の色彩感覚と自然と調和性の高さ、浮世絵の奥深さ、そしてポール・クローデル大使がいかなる人物でいかに日仏交流に貢献されたかについて述べると共に、外交官として任国文化をとことん理解し吸収された模範的外交官として日本では高く評価されていること等を述べました。

     同じく5月21日(木)には、リヨン近郊のエキュリー市のローラン・ムジェ中学校の生徒7名と教師2名が当事務所を訪問。施設内を見学すると共に、教育広報として一時間の日本に関する特別授業を行いました。生徒さんの関心は、主にアニメかなと思っていましたら、武道やリニアモーターカー、東京の地下鉄の混雑状況、日本食、東北大地震など、極めて多岐に亘ったもので、日本への関心がアニメをきっかけに幅広い広い分野に及んでいるということに強い感銘を受けました。日本に行ってみたい?と一人に生徒にお聞きしましたら、「あー、もうそれは、私の最大の夢ですよ」と笑顔で語ってくれました。一時間では時間が余るかなと思っておりましたらあっという間に時間が過ぎてしまいました。名残惜しそうに事務所を後にする子供たちの表情を見て、この中から少しでも、大人になっても日本に対する関心と愛情を持ち続けてほしいと思いました。

     5月21日(木)は日程の詰まった日で、教育広報を終えましたら、二つのギャラリーのオープニング式典に出席させていただきました。一つ目は、ベス麻里さん経営のギャラリー48で行われた田所美惠子さんのピンホール写真展です。田所さんの写真は、ピンホールという特殊な技法を用い撮影を行ったもので、被写体の周辺がふわっとした感じでデフォルメされてなんとも言えない味のある仕上がりの作品の数々でした。お話を伺いましたら、作品は、レンズで撮ったものとは異なる雰囲気で「絵画的写真」と言われているとのこと、大変納得致しました。今回は、美食と映像の都であるリヨンに敬意を表し、食をフィーチャーした写真展であり、他の作品も是非拝見したいと思いました。

     続いて、同日、ローラン・パラード・ペルー名誉領事のギャラリーで行われた山田正好さんの作品展示会オープニング式典に出席致しました。山田さんの作品は、絵と彫刻になりますが、どれも人間がモチーフになっています。山田さんに、なぜ人間が常に対象とされているのですか、とお尋ねしましたら、人間なしには社会は存在しないから、ということを言われておられました。山田さんの作品はどれも動的な作品で、無言の作品が今にも動き出しそうな奮起を湛えています。山田さんは在仏40年以上であり、大変流暢なフランス語で作品の背景にあるものを的確に説明されておられる姿が印象的でございました。

     

    (写真左:ギャラリー48にて、田所美惠子さん、小林、ベス麻里さん)  
    (写真右:左からペルー名誉領事、小林、名誉領事夫人、山田正好さん)

     5月22日(金)には、岡山の中島ホールディングス、中島プロペラ社の中島基善社長が、リヨンを訪問されたところ、日本企業支援の一環で、ヴァランスにある人工関節の開発企業AMPRITUDE社を、訪問致しました。AMPRITUDE社は、(株)松本医科器械と日本で合弁企業を設立し、日本にも市場展開しておられます。AMPRITUDE社は、従業員が400名あまり、人工関節製品のデザインとマーケティングを担当し、従業員の平均年齢は31歳という、バイタリティと柔軟性あふれる企業です。オリビエ・ジャラベール(Olivier JALLABERT)社長の案内で、会社を視察させていただきましたが、従業員が仕事をされている様子は、いかにもフランス的で自由で快活な雰囲気に満ちている職場が大変印象的でした。中島社長は、医療分野で日仏が手を組んでいく領域はたくさんあるので、今後もしっかり協力して参りましょうと述べておられました。ナカシマプロペラ社については、昨年12月の天皇誕生日レセプションで、職人の手によるプロペラの磨き技術について紹介させていただき、それすなわち日本の心であるという説明させていただきました。なお、中島社長は岡山朝日高校の大先輩でもございます。

     

    (写真:AMPRITUDE社ジャラベール社長(中央)と中島社長(右)、左はヴィアル副社長)

     

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     4月24日(金)に、中谷真副領事(現在ラトビア大二等書記官)の後任として、江頭海咲副領事が、在アルジェリア大から転勤して参りました。新たな仲間として、今後大いに活躍が期待されます。小林不在の間、着任早々ではありますが、立派に所長代理を務めました。若いのに腹が座っています。

       

    (写真左:トルコ見本市に際し、領事団を代表してトルコ外務大臣から記念楯を受け取る江頭副領事)  
    (写真右:第2回ジュニア~シニア柔道トーナメント大会に際し、所長の代理で出席、挨拶を行う江頭副領事)

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年5月15日号【第11号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎でございます。5月に入りまして、当地リヨンの空はどこまでも高く、透き通るような青空で、旅路を急ぐ長距離飛行機が何本も空のキャンパスに雲の線を描いています。今日はリヨンがどういうところか少しお話しさせていただきます。リヨンは、フランス第二の都市で、本年1月1日から行政管轄区域の拡大と県からの一部権限の委譲を受け、「リヨン・メトロポール」として生まれ変わりました。歴史的にはローマ時代から栄える交通の要所です。絹を介した交流で日本と最も古い関係を有している町で、市内を滔滔と流れるローヌ川、ソーヌ川の様子は永井荷風、遠藤周作の小説でも紹介されています。食の都リヨンの魅力はその豊富な食材にあります。今の時期、マルシェには真っ赤なイチゴ、グリーンピースや白アスパラガスが初夏を彩っています。日本の四季は山や小里の移ろいゆく自然の趣の中にそれを見出しますが、フランスではマルシェの様子にそれを見て取ることが多いものです。そういう意味では、リヨンは四季の彩に優れた町であると言えると思います。

     秋にはお馴染のジロール茸や少しびっくりする名前の地獄のトランペット茸、高級キノコのセップ茸やトリップ茸などが、マルシェを秋色に変えます。冬にはジビエ、健康に育った大きな野ウサギやキジ、イノシシ、鹿が、ジビエ専門店を埋め尽くします。春には、さしずめ、さくらんぼやイチゴでしょうか、これが並び始めるとセーターを脱ぐ季節が近づいてきたなという気がいたします。季節感のある食べ物と言えば、やはりクリスマスのフォアグラや牡蠣でしょうか。フランスではクリスマスは家族、正月は友人通しが集まって葡萄酒と共に自然の御馳走に舌鼓を打ちます。

     4月22日(水)、リヨン第三大学において、グルノーブル大学で研究中の東京大学地震研究所蘭幸太郎先生による、「火山大国日本」と題する講演会が、リヨン日本人会とリヨン第三大学の協力によって実施されました。火山現象の考察、御岳山噴火とリスク防止措置、火山活動による経済損失等について、蘭先生から明快な講演があり、その後活発な質疑応答が行われました。

    (写真左:試験期間にもかかわらず多くの学生が集まりました。)
    (写真右:御挨拶を行う小林所長)

     4月28日(火)には、本年度第一回目となる安全対策連絡協議会を在リヨン領事事務所で開催致しました。今回は、中谷副領事(当時)から、危機管理や緊急事態における心構え、その際の対応策について具体的な例を交えつつ説明させていただきました。当事務所は、三カ月に一度を目途に邦人の皆様にお集まり頂き安全対策連絡協議会を開催しておりますので、御関心のある方(個人・企業)は、当事務所まで御連絡下さい。また、当事務所は、地方にお住いの方に出張領事サービスを、年に2,3度、実施を予定しております。併せて御希望があればお聞かせください。

    (写真左:御挨拶する所長。今回は副領事の交代も御報告する機会となりました。)
    (写真右:危機管理の講演を行う中谷副領事(現在ラトビア大使館書記官))

     4月30日(木)には、映像芸術家としてパリのPalais de Tokyoで活躍されているジャスティン・エマールさん(Justine Emard)が、在リヨン領事事務所を訪問してくださいました。エマールさんの芸術作品は大変オリジナリティに富んでいます。細工の施された静止画をスマートフォンのあるアプリを通してみると動画に変化するというものです。彼女は大の日本ファンで、訪日歴も5度。瀬戸内国際芸術祭の宣伝映像として直島もお撮りになったそうです。最近の作品は先般世界遺産候補に挙がった軍艦島を取材したものだそうです。長崎県の職員の方の御理解を得るまで大変な時間を要しましたが、取材の際にはとても協力的で日本人の親切さを肌身で感じたと語っておられました。リヨンで毎年12月に行われる、光の祭典「FETE DES LUMIERES」では、エマールさんの作品も紹介され訪れた方を驚かせたそうです。今年も出品されるそうですので、是非エマール・ワールドを体験してみてください。

    (写真左:あるアプリを通すと静止画の一部が動画に変わります。)  
    (写真右:所長とJustine Emardさん)

     5月2日(土)には、合気道小林裕和派のアンドレ・コニャール先生のお誘いで、ロワール県ブルグ・アルジャンタル市にある同氏の道場を訪問させていただきました。この日は大切な研修会の初日で全国から多くのお弟子さんが集まって来られており、合わせて、市の公民館でステファン・エロー・ブルグ・アルジャンタル市長臨席の下、村上満智子氏による書道パフォーマンス、さらにはイタリアから和太鼓のチームが遠征に来られ見事なパフォーマンスを拝見しました。合気道の演武は、二日前に京都で行われた大日本武徳会の演武会出場メンバーが行いました。旅の疲れも感じさせない迫力ある演武は大変見事でございました。コニャール先生は既に28冊の御著書を上梓され、芝居のシナリオも書きになるマルチの才能の持ち主で、奥さまの話では一日のうちいつ寝ているのかわからないそうです。コニャール先生以下、全てのお弟子さんの日本に対する敬意と愛情は極めて強く、また皆様極めて礼儀正しく、塵一つ落ちていない道場や更衣室に日本の伝統的精神が宿っている様を感じました。来年、当事務所は「日本武道」をテーマに我が国の情報発信を行うことを予定しており、フランスで定着しつつある「武道」の中から我が国の真の武道の精神を継承している本物のフランス人武道家をフィーチャーしてみたいと思っております。

    (写真左:コニャール先生のお弟子さんのお出迎え)  
    (写真右:コニャール先生と所長)

    (写真左:道場にて、この凛とした雰囲気は日本そのものです。)

     5月3日(日)、御招待を受けましたので、リヨンを本拠地に活躍するサッカーチーム、オリンピック・リヨネに所属する熊谷紗希選手の激励に参りました。この日は、オリンピック・リヨネの優勝が決定する試合でしたが、見事14-0でチーム・アラスに圧勝、日の丸を掲げてスタンドを走る熊谷選手に感動しました。熊谷選手は、カナダで行われるワールドカップのなでしこジャパン代表にも見事選ばれました。オリンピック・リヨネのミシェル・オラス会長とお話をしていましたら、「日本の選手は真面目で努力家で精神がタフだ、チームに一人日本人選手がいるだけで雰囲気が全く違う、紗希はなでしこジャパンにいったんお返しするが、終わったら必ずリヨンに戻ってくるように本人に言っておいてほしい」と笑顔で言われました。

     

    (写真左:バックスで大活躍する熊谷選手、何度も見事なパスを通していました。)  
    (写真右:同僚の選手が日の丸を掲げてくれています。)

     

    (写真左:中央がオラス・オリンピックリヨネ会長)  
    (写真右:左から太田徹コーチ、熊谷紗希選手、所長)

     5月3日(日)から鈴木伸哉横浜副市長他、横浜市一行がリヨンを訪問され、スマートシティーの様子や街づくり、インフラの様子を視察されました。また、4日(月)には、カリン・ドニャン=ソージュ・リヨン・メトロポール副市長主催の昼食会で、横浜とリヨンの深い歴史について再認識するとともに、今後の交流のあり方について意見交換をされました。

       

    (写真:中央がドニャン=ソージュ副市長、右が鈴木横浜副市長)

     

     5月7日(木)には、稲盛和夫京セラ名誉会長がリヨンを訪問され、商業系グランゼコールEMリヨンから、稲盛名誉会長に対して名誉博士号の授与がなされ、その記念講演会が行われました。
    小林所長からは、稲盛名誉会長のリヨン御訪問に感謝申し上げると共に、「同名誉会長の説かれる会社哲学は、人生哲学のものであり、自分も大いに勇気づけられたこと、そして、これからの若い諸君に人生の道を説く教えそのものであること」を述べさせていただきました。特に、自利利他を説く心には、自分一人ではしょせん何もできない、他力の風を受ける準備をすることにあるという御説明は大変納得致しました。稲盛名誉会長の御講演は参集したフランスの方にも大変興味深く、質疑応答は極めて活発に行われました。EMリヨンに集まった450名を超える観客による割れんばかりの拍手がその素晴らしさを物語っておりました。

     

    (写真左:講演会で挨拶させていただく小林所長)  
    (写真右:稲盛名誉会長(中央)、左がブリュノ・ボレルEMリヨン会長、一番右が今回の講演会で大変な御尽力をされた米山悦夫EMリヨン教授兼リヨン日本人会会長)

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年4月22日号【第10号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎です。

     3月下旬に長期出張から戻って参りまして、早速業務を再開致しました。リヨンを後にした2月上旬はぐずついた天気も多く、コートが手放せない毎日でしたが、リヨンに戻って参りましたら、空が蒼く高く、街のカフェもテラスにテーブルを並べ、芽吹いた木々を心地よい陽気が包みこんでおりました。フランスはこれからパリ祭とその先にあるバカンスに向けて社会全体が活気を増して参ります。当事務所は、世界一のマイクロ事務所ですが、山椒は小粒でもピリリと辛いように、国家国民のために良い外交ができるよう一生懸命努力して参ろうと決意を新たにしております。

     3月25日(水)、本年秋に在リヨン領事事務所が企画する大型文化行事「絹が結ぶ縁:Soyeux destin」のための第一回実行委員会を開催致しました。直接御協力頂ける方に集まって頂き、何をどのように進めていくべきか、そのために必要なことは何か、コンセプトをどのように先鋭化していくか、フランス社会に与えるインパクトを最大にする方法は、行事の狙いは正しいのか、成果としてどのようなものが期待できるのか等々、友好的な雰囲気の中、長時間に亘り、甲論乙駁の議論が飛び交いました。

     この文化行事はまさに当事務所手作りのものです。定型が既にあり、それをフランスの木枠に押し込んで仕上げるといったものでは全くありません。それだけに、手間やエネルギーがとてもかかりますが、日本を発信するに当たって最大の効果を得るためには、安易に妥協をするわけにはいきません。議論を通じて、そういったこちらの真剣な気持ちに、フランスの人たちの協力の姿勢、連帯の気持ちが重なり、最後に必ずや良い行事になると全員が確信した、そんな会議でございました。

    (写真左:真剣な表情で議論する参加者、背景にあるタイルは金子晴彦氏による石垣焼の作品です。)
    (写真右:小林所長の発言にもついつい熱がこもります。)

     4月2日(木)、招待を頂戴したので、Corinne GRADIS さんとElodie WATANABEさんの個展のオープニングに出席させていただきました。

     お二人の作品は、特徴ある世界中の布をアップリケの技法を用いて絵画のように仕上げていくものです。多くの布はアフリカやアジアのものですが、日本の藍染めの布地を用いた水墨画のような作品もございました。中でも思わずのめり込んでしまったのは、下で御紹介する金色の布地の作品でした。作品の前に立ってしばらくすると、大きな木のぬくもりを感じると共に木の鱗から漂ってくる香りや小虫の声まで聞こえてきそうで、小学生の頃に迷い込んだ田舎の山の中で出会った巨木と再会した思いがしました。二人のアーティストは、布を通して出会い、一瞬で意気投合し作品制作に取り掛かられたとのこと。御活躍の様子は、フランス・ニュース・ダイジェストにも紹介されています。

     

    (写真左:小林所長、Corinne GRADISさん、Elodie WATANABEさん)
    (写真右:大変印象的な作品で、多くの方が足を止めて見入っておられました。)

     4月4日(土)、リヨンの日本語補習授業校の学習発表会に来賓として出席させていただきました。はるか昔となりました自分の子供の頃を思い出し、学習発表会や参観日が実はあまり好きではなかったことを思い出しました。良いところを見せねばならないというサービス精神の発露なのでしょうが、構えれば構えるほど失態をやらかすのが常でありまして、自然体が全てに優越するということを得心するまでには、それから何十年の月日を必要と致しました。挨拶の中では自分のような失敗をしないよう子供たちにアドバイスしたつもりでしたが、メッセージは届きましたでしょうか。どのお子さんも、とても素晴らしい発表で、先生方、親御さんの御指導も如何ばかりかと大変感銘を受けました。

     4月5日(日)には、イゼール県メイラン市まで出張し、グルノーブル日本語補習授業校の学習発表会に出席させて頂きました。約30名の子供たちが学年に分かれて様々な学習発表を行いました。子供たちによる寸劇は大変可愛らしかったですし、落語の寿限無のお話は皆さんよく暗記されていて驚きました。音楽の発表では、ピアニカの日本らしい音色に合わせて、バイオリンが登場するなど、皆さんとてもお上手で感動しました。グルノーブル校は校歌があります。代々歌い継がれている校歌を元気よく歌う子供たちを見て、この歌が懐かしい思い出になる頃には、みな夫々日仏の架け橋になっているんでしょうねと感慨に浸りました。

     4月8日(水)は、銀座和叶の御招待でお着物のデモンストレーション夕食会に出席させていただきました。日本文化の美しさを最もよく物語るのは和服だと思います。「絹」はリヨンでは特別な存在ですので、絹でできた色鮮やかな和服を一度で良いから自分も着て見たいということを言われるフランスの方は多くおられます。本夕食会にも多くの方がお召しになられていましたが、皆さん大変幸せそうなお顔だったのが印象に残りました。日本の文化を理解し、愛してくださるフランスの方は、年々増えてきているような気が致します。20年前にリヨンで在外研修をしていたときよりも、パリの大使館で勤務していた2006年~2011年よりも、毎年毎年着実に日本文化がフランスに浸透してきているという実感を強く致します。日本の文化の幅広く奥が深いコンテンツ故でありましょう。個人の考えですが、文化外交とは、手段とコンテンツの掛け算だと思っています。日本の存在をさらにアピールできるものは、日本にはまだまだございます。そして、様々なチャンネルが手段として存在しているのも事実でございます。今回のような着物の夕べもその一つに他なりません。

     4月9日(木)は、リヨンから70キロほど南方のアルデッシュ県サン・ローラン・デュ・パープにある、碧巌山正法寺を訪ねました。フランスでお寺?と思われる方も多いと思いますが、正真正銘の臨済宗妙心寺派の寺院です。御住職の太寛常慈和尚は、山田無文妙心寺館長の下、7年間修行され、1974年に寺を開き、2004年に正式に正法寺から海外唯一となる開山の允可を受けられました。なお、太寛常慈和尚と申しましたが、正真正銘のフランスの方です。また太心宗明さんというお坊様もおられます。このお坊様は、正法寺の居士として仏門に入り、神戸の祥福寺で11年間修行され、昨年寺に戻られました、因みにこのお坊様も100%フランスの方です。
    寺には、立派な弓道場や禅堂があり、年間を通してヨーロッパや日本から弓道や禅の修業に多くの方が訪れると言うことです。到着してお二人のお坊様に迎えられてまずはそこから驚き、境内に入ってあまりの日本らしさに再び驚き、立ち居振る舞い、日本文化への理解、深い精神性、何もかもが驚きの連続であり、最後は驚きを通り越し、敬服の気持ちしか残りませんでした。お昼ごはんをご馳走になりましたが、それがフランス風の精進料理であり、これも真正面から一本、「面」を取られた気持ちが致しました。

     

    (写真左:凛とした弓道場。塵一つ落ちていません。)  
    (写真右:和尚の話はとても大変勉強になりました。)

     

    (写真左:立派な禅堂です。)  
    (写真右:妙心寺派の唯一の外国のお寺とのこと)

       

    (写真左:弓は引くのではなく、開くものだと和尚から教わりました。和尚は弓道5段です。)  
    (写真右:フランス風の精進料理でおもてなしを頂戴しました。)

     4月14日(火)に、リヨンビオポールを訪問し、フローランス・アゴスティノ=エチェット理事長とお話させていただきました。リヨンビオポールは、バイオ関連の競争力拠点です。国庫補助を受け2005年に活動を開始しました。なお、ローヌ=アルプ州はワクチン生産欧州一位で、域内に3600人の研究者、1000の大学病院、600の中小企業と連携したバイオテクノロジー拠点です。リヨンビオポールは産業研究拠点でもあるグルノーブルとの連携を密にし、ローヌ=アルプ州の地の利を生かした競争力拠点との説明でした。従来欧州内、米、上海との交流があるのみで、日本との関係は希薄、日本とこれから協力を深めていきたいとのお話を頂戴しました。
    また、4月20日(月)に、化学・環境分野の競争力拠点であるアクセレラ(AXELERA)を訪問し、ジャン・マニュエル・マス部長から説明を頂戴しました。リヨンは歴史ある繊維産業の町であり、繊維の発達は染物の原料となる化学業界の発展を導きました。化学と環境の融合、新エネルギー、省エネルギー、エコシステム等の分野で、研究開発を進める競争力拠点がアクセレラです。リヨン、グルノーブル、サンテチエンヌ、シャンベリーを纏める拠点として機能している由で、3000人の研究者、年間470の特許数、この規模は仏第二位、欧州第7位とのことです。日本の高度な産業技術は目を見張るものがあり、是非協力を強化していきたいが、まだ途上であるとのこと。
    いずれの場合も、在リヨン領事事務所は、日本企業支援を重要なミッションにしておりますので、御関心のある方は、御遠慮なく当事務所まで御連絡下さい。

     

    (写真左:リヨンビオポールのフローランス・アゴスティノ=エチェット理事長)  
    (写真右:アクセレラのジャン・マニュエル・マス部長)

     4月16日(木)は、リヨンにおける日本陶器愛好家の方から懇親会に招待され楽しい時間を一緒に過ごさせて頂きました。陶器については、先般愛好家の方を前に簡単な御説明の機会を設けさせて頂いたところですが、大変好評で第二段をとお願いされております。他方、小生のにわか仕込みでは限界がございますので、この秋に、郷里の知己である備前焼作家の藤原和先生に、リヨンまで御足労願い、御講演をしていただくことを予定しております。
    日本陶器愛好家の方とお話して驚きましたのが、藤原先生の作品をお見せしたところ、「このゴマのつき方が素晴らしい」とか、「ここは火襷だ」、などと、日本の方でもあまり知らないような専門用語を存じておられ、造詣が極めて深いということです。5月に日本に三週間行くと言われた御夫婦はこれで6回目の訪日となるそうですが、「日本を訪れた人は何人も知人にいるが、訪問後に日本のことを悪く言う人は一人もいない」と強く語っておられました。これは正に日本の魅力であり、品位であり、底力であると思った次第です。

    (写真左:日本の芸術談義に花が咲きます。)
    (写真右:お食事会の後はリヨン美術館(Musée des Beaux-Arts)を訪問。日本陶器のコレクションを拝見しました。)

     3月24日(火)、永年に亘り、在リヨン領事事務所(以前は「在リヨン出張駐在官事務所」と呼称)を支えてきて下さった、江口職員と今川職員の勤続10年に際し、岸田外務大臣からの感謝状を代理授与致しました。これだけの小人数で、これほどパワフルな外交を展開できるのは、現地職員の皆様のお力に寄るところが大きく、そのことを考えると、職員そしてそれぞれの御家族に対する感謝の気持ちで胸が一杯になります。在リヨン領事事務所は今年12年目に突入致しました、これからも邦人の皆様のための事務所として職員一同力一杯頑張っていく所存です。

    (写真左:江口職員と) (写真右:今川職員と)

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  • シャンベリー在留邦人を対象とした「ひな祭りの会」の実施

     

     3月28日、当事務所はシャンベリー市においてサヴォア県在留邦人家族を囲んでの「ひな祭りの会」を開催しました。

     小林所長出張の為、中谷副領事が御挨拶を行い、オペラ歌手今村恵子さんによる日本の歌「うれしいひなまつり」「さくらさくら」など計5曲を、素晴らしい歌声で披露していただきました。

     

    (写真左:中谷副領事の挨拶の様子)(写真右:今村さんによる日本の歌)

    (写真左:楽しい会の様子)(写真右:折り紙コーナー)

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  • ピエール・ベニット市立道場オープニング記念式典への参加

     

     3月27日、出張中の小林所長の代理として中谷副領事が、リヨン市郊外のピエール・ベニット市に新設されたジョルジュ・ボード市立道場のオープニング記念式典に来賓として参加し、関係者とテープカットを行いました。

     

    (写真左:テープカットの様子、右から中谷副領事、ミシェル・カザブリ柔道クラブ会長、マーク・ペラ技術顧問、モーリス・レヴェリ合気道クラブ会長、ジェローム・モロージュ・ピエール・ベニット市長、ミッシェル・テロー国民議会議員、ジョルジュ・ボード夫人、ウイルフリッド・クぺ・同市スポーツ担当助役)

    (写真右:道場プレート除幕の様子、右から中谷副領事、ジョルジュ・ボード氏の御家族(3名)、ピエール・ベニット市長)

     1985年に設立されたピエール・ベニット柔道クラブは現在190人の会員を有し、2010年には日本遠征を行いました。設立当時は公民館の一角で稽古を行い、稽古の度毎にマットの準備と片づけと行わなくてはならなかった等の苦労話を伺いました。式典では、初段に昇段した同クラブに所属する女性若手選手の黒帯授与も同時に行われました。

     道場名となった故ジョルジュ・ボード氏は、ロワール県出身の柔道家で、1950年代に講道館道場にて柔道修行を行った後、リヨン地区での柔道指導者の育成に携わりました。

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  • 少年少女柔道親善試合への参加

     

     3月21日、出張中の小林所長の代理として中谷副領事が、リヨン近郊のカルイールエキュイール市立体育館で行われた少年少女柔道親善試合に来賓として参加し、参加者の子供達へメダルの授与を行いました。

     去年6月にクラブ創立40周年を迎えたカルイールの柔道クラブが主催して行われる本大会には、ローヌ県内の26のクラブに所属する5歳から11歳までの約500人の子供達が参加しました。

     

    (写真左:親善試合の様子)(写真右:中谷副領事による7歳児クラスへのメダル授与の様子)

    (写真:左から、フィリップ・コシェカルイールエキュイール市長兼国民議会議員、中谷副領事、ジャン=ポール・リュケ・カルイール柔道クラブ名誉会長)

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  • 奈良県立高取国際高校とボワシ・ダングラ高校の姉妹校交流事業への参加

     

     3月13日、中谷副領事はアルデッシュ県アノネー市のボワシ・ダングラ高校を訪れ、7日から同校で短期研修中の奈良県立高取国際高校の皆さんとホストファミリーを迎えて行われた懇親会に来賓として参加しました。

     ボワシ・ダングラ高校と高取国際高校は2001年に姉妹校提携を結んで以来、定期的に交流活動が行われており、今年は高取国際高校2年生15名及び1年生7名の生徒22名と2名の引率の先生の合計24名が23日まで当地に滞在する予定です。

     

    (写真左:懇親会の様子)(写真右:両校の先生方と)

     偶然にも中谷副領事は高取国際高校の同窓生であり、今後とも両校の活発な姉妹校交流活動が期待されます。

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  • 日本人会向日葵クラブ主催「日本とフランスの年金制度」講演会

     

     3月6日(金)、当事務所にて、リヨン日本人会向日葵クラブ主導により、「日本とフランスの年金制度」に関する説明会が開催されました。

     40人を超える参加者の前で、日本の年金制度については在フランス日本国大使館一等書記官である村野氏が、フランスの年金制度についてはローヌアルプ州保健年金基金年金担当官・国際通信員であるミッシェル・メイエ氏がご講話くださいました。

     

    (写真左:小林所長出張の為、代理でご挨拶する中谷副領事)(写真右:講演会後。左から2番目が村野一等書記官、中央がローヌアルプ州保険年金基金メイエ氏、その右隣が中谷副領事。両脇は、向日葵クラブ代表のカズノブさんとイブラールさん。)

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  • CNSMD リヨン国立音楽・舞踏学校における雅楽講演会の開催

     

     2月25日、パリ日本文化会館、リヨン国立高等音楽舞踏学校との共催により、神戸大学教授の寺内直子先生による雅楽の講演会と体験ワークショップが行われました。1300年以上昔から伝承されてきた、皇室や神社の諸行事と深く結びついた宮廷芸能の雅楽の音楽や舞踏の特徴や用い方や伝承方法、そして天皇制や宮廷文化における雅楽の意味や役割などが多様な角度から解説され、また、現代の新しい雅楽の潮流なども紹介されました。

     また講演会の後には、リヨン国立高等音楽学校の学生さんや有志の方々が、龍笛のワークショップに参加され、歌って旋律を覚えてた後に実際に楽器を吹いて簡単な楽曲の演奏を体験されました

    (写真左:小林所長の代理でご挨拶する中谷副領事)
    (写真右:右から寺内先生、藤原氏)

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  • クレルモンフェラン市『神の雫』展オープニングセレモニー

     

     2月12日、出張中の小林所長の代理として中谷副領事が、クレルモンフェラン市観光局で今月3日から開催されている「漫画『神の雫』展」の公式オープニング式典に来賓として出席しました。

     同展示会の主催者であるモミ漫画クレルモンフェラン店責任者ジュリ・ウイヨンさんの司会で行われた式典では、オリビエ・ビアンキ・クレルモンフェラン市長が、「クレルモンフェラン市の国際化を進める中で、特に最近の同市の日本愛好家や日本人コミュニティによる質の良い日本文化紹介活動は歓迎すべきものであり、今後もクレルモンフェランと日本の友好を促進する機会が増えていくことを期待する」と挨拶をされ、それを受けて中谷副領事も、「当事務所の管轄地域であり、2016年に向け合併するクレルモンフェランを州都とするオーヴェルニュ州とリヨンを州都とするローヌアルプ州の、日本との良好な文化的・経済的関係を更に発展させていくために、当事務所も全面的に支援していく所存です。」と述べられました。

     皆様もご存知の、ワインを題材とした人気漫画『神の雫』は、フランスでは2008年にフランス語訳版が出版され始め、既に2百万冊を超える売り上げを記録する人気を博し、日本マンガとフランスワインのファンを増やし続けています。

     同展示会は、盛況の下、2月28日に終了しました。

     

    (写真:同展示会公式オープニング式典にて。向かって右前列から、モミ漫画店クレルモンフェラン店ウイヨン店長、ビアンキ・クレルモンフェラン市長、中谷副領事、同展示会パートナリアを務めるJANAオーヴェルニュ日仏協会主宰の合谷夫妻。)

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  • 新横浜ラーメン博物館一行のリヨン視察

     

     2月8日から10日まで、新横浜ラーメン博物館関係者が、同博物館の海外展開を見据えた視察に訪れました。当事務所の仲介でリヨン市観光局本部長とも面談し、食の都リヨンへの、より一層のラーメン文化の進出によってもたらされる観光促進について、意見交換をしました。

    (写真左:リヨン市観光局事務所にて。写真右端から新横浜ラーメン博物館・岩岡代表取締役、リヨン市観光局ガイヤール本部長。フランクフルト横浜市事務所・三室所長、新横浜ラーメン博物館営業戦略事業部・中野広報・宣伝課長、出張中の小林所長の代理として参加の中谷副領事。)

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  • リヨン日本人会新年会

     

     2月7日土曜日、マルセイユ総領事館胡摩窪首席領事と中谷副領事は、リヨン日本人会主催の新年会に来賓として出席しました。日本人家族等約200人近い参加者たちに対し、胡摩窪首席領事はお祝いの挨拶を述べました。

     会場には、会員たちの持ち寄った日本食が並び、餅つきや獅子舞のほか、武道のデモンストレーション等も披露され、大人も子供も楽しい時間を過ごしました。

    (左の写真の左上が、ご挨拶中の胡摩窪首席領事。 賑やかな会の様子。 写真提供:リヨン日本人会)

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年2月6日号【第9号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林龍一郎です。

     我が国は、年明けから、あまりにも重すぎる事件に直面した上、残虐卑劣な結果を押しつけられました。私自身、人命を一顧だにしないISILの愚劣野蛮な行為に、しばらく言葉を失ってしまいました。この悲劇に触れずして、活動報告は書けず、筆を執るための心の整理に時間を要しました。総理のお言葉にすべてが凝縮されていますので、ここで再度総理声明を掲載させていただきます。謹んで、被害に遭われた方の御冥福を心からお祈り致します。

         
       

      シリア邦人拘束事案に関する新たな内閣総理大臣声明
      (平成27年2月1日)

      1 湯川遥菜さんに続いて,後藤健二さんが殺害されたと見られる動画が公開されました。御親族の御心痛を思えば,言葉もありません。政府として,全力を挙げて対応してまいりました。誠に無念,痛恨の極みであります。

      2 非道,卑劣極まりないテロ行為に,強い怒りを覚えます。許しがたい暴挙を,断固,非難します。テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために,国際社会と連携してまいります。

      3 日本が,テロに屈することは,決してありません。中東への食糧,医療などの人道支援を,更に拡充してまいります。テロと闘う国際社会において,日本としての責任を,毅然として,果たしてまいります。

      4 このテロ行為に対して,強い連帯を示し,解放に向けて協力してくれた,世界の指導者,日本の友人たちに,心から感謝の意を表します。

      5 今後とも,国内外における国民の安全に万全を期してまいります。

         
          

     2015年1月後半からの当事務所活動報告を以下のとおり述べさせていただきます。

     1月15日(木)は、今月2回目となるクレルモンフェラン方面への出張でした。ピュイ・ドゥ・ドーム県議会庁舎を訪問の上、グットゥベル議長を表敬致しました。その後は、県の観光局の御案内でピュイ・ドゥ・ドームに初登頂致しました。

     グットゥベル議長のお部屋からは、ピュイ・ドゥ・ドームの全貌が目の当たりにできました。その美しさに見とれておりましたら、グットゥベル議長が、実はと話を持ち出されたのが、ピュイ・ドゥ・ドームと富士山の連携の提案でした。ピュイ・ドゥ・ドームは2016年のユネスコ世界遺産登録を目指して目下精力的に活動中とのこと。

     私は、日本の富士山は、単なる山ではなく、古来より霊峰して信仰の対象であり、1872年までには女性は登山が許されず、現在でも8合目から上は浅間神社の境内だという説明をしました。そうしますと、グットゥベル議長は、にやっと笑い、正にそれはピュイ・ドゥ・ドームと同じだ、山頂には、1875年にローマ神殿が発見され(Temple de Mercure)、現在土台部の復旧工事が行われており、ローマより古くはガリア人の南端の領地として、ここピュイ・ドゥ・ドームも特別な山として崇められていたという説明をされました。

     確かに、ピュイ・ドゥ・ドームは、山頂に登りますと眼下に約80の火山口が点在する独特の景観で、標高1464mの単なる山ではないことはよく理解できました。今秋には修復(土台部のみ)が完成する予定の山頂のローマ神殿は、多くの巡礼者にとっての聖地であり、この地方の最大の宗教施設として機能していたようです。また、1848年パスカルが、ピュイ・ドゥ・ドーム山頂で、大気圧の測定を史上初めて行い、その結果、今でも気圧の単位は「パスカル」になっています。現在でも仏における気象観測拠点となっており、福島原発事故の際に、大気中にある微量放射能を観測したのも、このピュイ・ド・ドーム気象観測所だそうです。2012年には、中腹から山頂まで登山電車が開通し、自家用車による山頂までの立ち入りを禁じ、環境保護に努めています。

    (写真左:グットゥベル議長と ©Conseil Général du Puy-de-Dôme )
    (写真右:ピュイ・ドゥ・ドーム山頂にて、左手は観測所、右は電波塔です)

     続いて、クレルモンフェラン近郊にあるボルヴィック市を訪ね、ハムム・ボルビック市長と懇談し、同市観光局で開催される、合谷哲哉氏(JANA)の折り紙作品展の開幕式典に出席させていただきました。

     ボルヴィックは、ミネラルウオーターの出水地として世界的に有名な場所ですが、それも、ピュイ・ドゥ・ドームの火山岩による天然の濾過と大地から染み出すミネラル成分のなせる業であり、特にボルヴィックは軟水成分であり、日本の水に近く、フランス在住の日本人には多く親しまれているようです。お米を炊くときにはボルヴィックを使うというのは、研修生の頃からの知恵であります。

     ボルヴィック市長と話をした際に、水も十分有名であるが、さらに有名なものとして「ボルヴィック石」と呼ばれる粗面安山岩に属する火山岩石を紹介しておられました。ボルヴィック石は、ボルヴィックの採石場で今でも採石されており、古くはこの石を使ってクレルモンフェランのノートルダム教会は作られました。その教会は「黒いノートルダム」として市民に親しまれています。

     市長の御案内で市庁舎及び市内史跡を訪ねた後、いよいよ、合谷哲哉氏の作品展に出席しました。合谷さんは、既に本活動記録でもしばしば登場いただいているので詳しい説明は必要ないと思いますが、フランスと日本の伝統的な紙を利用しながら一枚の紙を鋏や糊を使わず、立体的な動物等を作り上げる手法で、その質感といい作品の表情といい、見事の一言に尽きます。多くのボルヴィック市民に集まっていただき、見事な作品の数々を見学していただきました。お客様からは日本の文化をこうしてボルヴィックのような小さな市にまで紹介して頂けることに対する感謝の言葉と日本文化の深遠さへの感嘆の言葉を繰り返し頂戴しました。

     

    (写真左:ハムム・ボルビック市長との会談の様子)  
    (写真右:左からシモン観光局長、小林、合谷哲哉さん、合谷麻容子さん、ハムム・ボルビック市長)

     1月16日(金)昨年12月19日に正式にオープンしたコンフリュアンス博物館を視察しました。

     コンフリュアンス博物館は、リヨン市が現在最も力を入れている再開発地域であるコンフリュアンス地区を代表する建物の一つであります。この斬新な建物は、「クリスタルの雲」(Nuage de Cristal)と名づけられ、オーストリアのコープ・ヒンメルブラウの設計によるものです。コープ・ヒンメルブラウは、最近ではブローニュの森(パリ)にあるLVMH現代美術館の設計も手がけました。

     なお、「コンフリュアンス」という言葉は、フランス語で「合流」とか「出会い」といった意味があるのですが、これはこの地区がソーヌ川とローヌ川の合流地点にあることから名づけられたそうです。男性名詞のローヌ川と女性名詞のソーヌ川がリヨンで一つになって、男性名詞のローヌ川になって地中海に注ぐわけですが、なんで男性のローヌになるのだという馬鹿な質問(question bete)をしたところ、川の大きさでla riviere(川)かle fleuve(大河) かの違いだけだよとあっさり返答されました。

     コンフリュアンス博物館は、自然史博物館であって、中には恐竜の化石、動物の標本や剥製、民族的な作品などがぎっしり展示されています。オープニング記念展示会ということで、所蔵コレクションであるギメ美術館の展示会が行われておりました。ギメ美術館と言えば、パリのイエナにあるギメ美術館を思い出しますが、大本はリヨンにございます。

     エミール・ギメの父、ジャン・バチスト・ギメは、ギメブルーという青色の染料を開発して財を得ました。染料は、リヨンの主要産業である絹織物の発展の中開発が進み、今でも多くの化学プラントがあるのはその名残です。裕福なエミール・ギメは日本、中国、インドを旅行し、数々の美術品をリヨンに持って帰り、1879年にリヨン第6区にギメ美術館を開館。その後、1889年全く同じ設計の建物をパリに建築しギメ東洋美術館として国家に寄贈しました。ギメ美術館には、若かりし頃のジャック・シラク大統領も通われ、中国文化やがて日本文化を敬愛するようになったという話もございます。

    (写真左:コンフリュエンス博物館の全容です)
    (写真右:左から、小林、ラフォン=クチュリエ・コンフリュエンス博物館館長、アジアコレクション担当のエモンスさん)

    (写真:エミール・ギメが日本各地を旅行したときに外務省が出した通行許可証の原本です。1876年9月1日に発給されたことが解ります。)

    (写真左:ギメコレクションの一つ)
    (写真右:これが、ギメブルーと言われる、青色染料です。)

     1月17日(土)、合気道小林裕和派のコニャール師範のお誘いで、お弟子の方々と夕食を共に懇談会を行いました。

     コニャール師範は、柔道、空手、合気道を極められた武道の達人で、合気道の世界では有名な故・小林裕和先生の弟子として1973年より仕えられ、現在小林裕和氏の流派の正統継承者として、母国フランスを中心に世界各国で弟子の育成に努めておられます。

     私も武道を生涯の生きがいとしてたしなむ者でございますが、食事会場に到着してまず驚かされたのが、屈強な弟子たち5名が寒風の中コートも着用せずネクタイ姿で屹立して私を出迎えてくれたことです。この時点で、コニャール師範の弟子の指導は日本の武道そのものであると思いました。レストランに入りますと、全員が起立して直立不動、こんにちはと声をかけますと、全員が「こんにちは」と返してくれました。どの方がこれだけの教育をされた方なのだろうと周囲を見回しましたら、その中で一人温厚そうに笑顔を湛える紳士がおられ、その方がコニャール師範でありました。この時点で私は一本負けを期しました。

    それまでは、世界中に武道は広まりましたが、日本の武道の道場にある、あのピンと張り詰めた緊張感と異様な威圧感のある雰囲気は、日本以外ではなかなか体験できないと思っておりました。例外的には唯一パリの青坂寛先生が率いる少林寺拳法の道場は正にそういう雰囲気でありました。彼らの礼儀正しく、優しさと強さを兼ね持つ武の心を実践できているフランス人の集団を見て、日本に里帰りしたような気がしました。

    (写真:コニャール師範とその弟子たち。)

     1月24日(土)ローヌ県柔道連盟鏡開式に招待されたので行って参りました。

     フランスの自治制度は大きく分けて、国家・州・県・市(コミューン)と分かれております。柔道はフランスで最も人気を獲得している競技で、競技人口も世界一です。フランス国立柔道連盟の傘下にそれぞれの地方が連盟を設け、柔道場は小さなコミューンに行ってもあります。90%の小学生が柔道を習っているというのも強ち大げさなことではありません。

     ここまで普及した理由には幾つかあるのですが、たまたま2015年2月5日付の毎日新聞で国家資格制度について取り上げていましたので、紹介致します。「フランスが柔道大国となった要因の一つはスポーツ指導者の国家資格制度だ。ほとんどの競技で国家資格が必要で、柔道では55年に導入された。受験資格は18歳、二段以上で事前研修修了者。代表監督に必要な上級では1200時間の事前研修が求められる。」「制度はスポーツ省の監督下にあり、厳格に管理、運用される。研修で教育論、コーチング法が徹底して指導され、試験で指導者としての能力や資質が見極められることで暴力ゼロを実現している。」ということです。フランスの社会制度と講道館柔道の秩序とをうまく両立させていると思いました。

    (写真左:日本を代表して、昇段した柔道家に記念品を授与しました。)
    (写真右:レベルの高い柔道の演武)

    (写真左:ジェラール・アルノー氏が率いる、居合道「リヨン桜会」の演武です。)
    (写真右:左がローヌ県柔道連盟ジェラール・ディローロ会長、小林、ローヌ県オリンピック委員会ジルベール・ラモット副会長)

     1月25日(日)には、今月3回目となるクレルモンフェラン出張で、クレルモンフェラン日本人会(いちご会)の新年会に出席して参りました。ビアンキ・クレルモンフェラン市長以下、同市の幹部の面々も御出席頂き、大いに盛り上がりました。ビアンキ市長は日本が大変お好きだそうで、お雑煮をおかわりしてお食べになっておられました。皆様準備に携わってこられた方、本当にお疲れ様でした。短い滞在でしたが、とても温かい雰囲気に感動致しました。

    (写真左:挨拶をする小林所長。© Justine EMARD)
    (写真右:挨拶をされるビアンキ・クレルモンフェラン市長。© Justine EMARD)

    (写真左:お雑煮に舌鼓をうつゲストメンバー、左端は富士電機フランスの三田副社長、今回はクレルモンフェラン日本語補習校のために、富士電機様から補助金を供出して頂きました。ありがとうございました。子供たちの笑顔があるのは皆様のおかげです。© Justine EMARD)
    (写真右:ビアンキ市長(中央)と櫻井いちご会会長(右)です。お疲れ様でございました。© Justine EMARD)

    (写真左:楽しい会の様子。© Justine EMARD)
    (写真右:日本文化紹介、楠日本語補習校校長による茶道のお点前もありました。© Justine EMARD)

     1月28日(水)2年に1度当地で行われる、食料見本市「シラー」を視察して参りました。

     コンペティションでは、パティシエ部門で我が日本チームが堂々の第2位を獲得しました。関係者の方々には心よりお祝い申し上げます。和食に関する関心は高く、広島等各地の日本酒地酒コーナー、徳島のお野菜、そして外国人にも食べやすく開発された納豆の紹介、フォアグラのソテーと和えて試食させていただきましたが、そのマリアージュの見事さに感嘆の声を上げました。リヨンは、食の都と称されるグルメの町でございますが、既に2名の日本人シェフがそれぞれフレンチレストランでミシュランの一つ星を獲得されておられます。

     遙か昔、辻静雄氏が、ポールボキューズ氏を日本に招待され、日本の懐石料理を紹介、小皿の上で咲く花のような和食の色彩にポールボキューズは大いに触発され、今のヌーベルキュイジーヌに至ったとお聞きしました。日本の魅力は丁寧さにあり、食材を栽培される方も、実際に料理を作られる方も、同じ丁寧さで、それを食される方の思いを忖度しながら、日本のお料理はできあがってまいります。まさに日本文化の一つの象徴であって、フレンチの世界に活動の場所を移しても、その哲学は脈々と引き継がれているのであり、一皿一皿に込められた職人の思いを味わうのが日本のお料理の食べ方なのでしょう。

    (写真左:森永牛乳配給(株)のブースで「かりんとう饅頭」をイグリさんと)
    (写真右:納豆の粘りを減らした新製品を茨城納豆のブースで試食)

    (写真左:広島県のブースで日本酒を。最後に一部日本酒を領事館に寄贈して頂きました。外交業務にしっかりと使わせていただきます。後刻茨城の白菊様からも御提供頂きました。)
    (写真右:見事パティシエ部門で2位を獲得した日本チーム ©LeFotographe )

     2月4日(水)、岩手にある久慈ファームが、リヨンのソーセージ会社のSIBILIAに3週間技術研修生を派遣しております。今日は、リヨンの常設市場レアール・ドゥ・ポール・ボキューズのSIBILIAを訪問し、マダムに研修受け入れの御礼とご挨拶をさせていただきました。レアールのSIBILIAに参りましたら、日本の国旗がいたるところに掲げられておりとてもうれしく思いました。

     ソーセージはフランス語ではシャキュトリーと言いますが、リヨンはまたその本場であります。SIBILIAの創業は1925年、熟練の技術で作り出されるシャキュトリーは、グルメなリヨンっ子の胃袋を満足させ続けて90年になります。 この味に魅せられた久慈ファームは、初めてリヨン老舗店で技術研修を受けることを決意しました。SIBILIAの工場で働く下斗米康宏さんを、さっそく激励に参りました。想像している以上に近代的な設備と徹底的な衛生管理で作られるソーセージたちはどれもこれもが美味しそうに見えました。

    (写真左:左からブリュノ・ブラウンザー現オーナー、コレット・シビリア元オーナー、小林)
    (写真右:極上のソーシッソンに思わず顔がほころびます。)

    (写真左:SIBILIAの加工工場で研修中の下斗米康宏さん)
    (写真右:左から、本件の功労者アルフェリスの佐藤大輔さん、中央小林)

     2月4日(水)には、ジャン・ジャック・ケイランヌローヌ=アルプ州議会議長を表敬し、2月6日(金)ジャン=ポール・モーデュイ・ローヌ=アルプ州商工会会頭をそれぞれ表敬しました。リヨン地域での主だった方へのご挨拶はこれでとりあえず全て行ったことになります。これから築いた人脈をフルに活用して、活発で、元気な外交を展開していきたいと思っております。2015年もがんばります!

    (写真:ケイランヌ・ローヌ=アルプ州議会議長と)

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  • リヨン領事事務所活動報告(平成27年1月15日号【第8号】)

     

     在リヨン領事事務所長の小林です。7日から仏全土を震撼させたテロ事件では、多くの尊い命が犠牲になりました。心から犠牲となった方々の御霊の安らかなることをお祈り申し上げます。

    安倍総理大臣発オランド仏大統領宛メッセージ(2015年1月8日発出)
    パリで発生した銃撃テロ事件により、多数の死傷者が出たとの報に接し、大きな衝撃と憤りを禁じ得ません。このような卑劣なテロは如何なる理由でも許されず、断固として非難します。ここに日本国政府及び日本国民を代表し、全ての犠牲者及びその御家族の方々に心から哀悼の意を表すると共に、負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。この困難な時に、日本はフランスと共にあります。

     2015年が開始しました。悲しい幕開けとなりましたが、我々も仏との連帯の精神で乗り切っていきたいと思っております。2016年1月1日には、フランスの地方自治制度改革が実施され、オーベルニュ州とローヌ=アルプ州が合併し、オーベルニュ・ローヌ=アルプ州が誕生する予定となっています。これは、ちょうど当事務所の管轄地域と符合致しますので、当事務所としてはより一体感のある外交活動ができるものとしてこれを歓迎しています。

     実はこの地域、よく考えますととてもユニークな地域であることに気が付きます。フランス第二の都市リヨンを控え、イタリアとスイスに接し、モンブラン・トンネル、トリノ・トンネルという陸路の動脈を持ち、リヨン・サンテグジュペリ空港は地方ハブ空港として規模を拡大しようとしています。スマートシティ構想はリヨンやグルノーブルで実証実験が進み、クラスターは15箇所、競争力拠点も15箇所に上ります。それでいて、食の都であり、山あり川あり湖あり休火山ありスキー場あり温泉あり、ないのは海ぐらいです。

     ということで魅力あふれるこの地域をもっと日本の方に知っていただきたく、またあまり知られていない観光穴場スポットもたくさんございますので、今年の活動記録は、そういった点も積極的にこの場に掲載してこの地域を積極的に御案内させていただけたらと思っております。

     1月6日(火)から、クレルモンフェラン方面に出張に参りました。クレルモンフェランは、20年前の研修中に何度か訪れたことがございますが、近年リヨンと結ぶ高速道路が開通し、今ではリヨンから2時間足らずで行くことができます。途中、落ち着いた牧歌的なオーベルニュらしい風景が車窓から窺えます。

     クレルモンフェランのオリビエ・ビアンキ市長と、日本とクレルモンフェランの長い友好関係について議論をしました。オリビエ・ビアンキ市長は親日家であり、また本年には念願の初訪日の機会があるようで、ミシュランの緑ガイドの日本版を手にしては、毎晩旅行のプランを練っておられるそうです。今月末にはクレルモンフェラン日本人会(いちご会)の新年会があり、そこにゲストとして出席して下さるとか。クレルモンフェランクラスの現役市長が日本人会の集いに出席して下さるのは極めて稀だと思います。普段のお付き合いの賜物でございましょう。新年会には私も出席させていただくことにして、再会を誓いその場を後にしました。

     続けて伺ったのは、約二時間東南方向に移動したところにある、アンベールという市です。人口約7000名の郡庁所在市です。ここで御挨拶させていただいたミリアム・フジェール市長は、2014年4月に就任、とっても活動的な女性市長で、日本からのお客様のお越しをお待ちしていると言っておられました。アンベールは、欧州最古の手漉き紙の町のひとつとして有名で、「細川紙」の産地である埼玉県東秩父村と姉妹都市友好憲章を結んでいます。市庁舎の中には東秩父村から贈呈された日本人形が大切に展示されていました。アンベールの手漉き紙は、ノーベル賞の賞状に使われているそうです。

    (写真左:クレルモンフェランのオリビエ・ビアンキ市長と)
    (写真右:アンベールのミリアム・フジェール市長と(左から二番目)。アンベール市庁舎は欧州でただ一つの円形庁舎です。)

     同日夜には、クレルモンフェラン市内で活躍する日本人の方々と懇親会の機会を持ちました。皆さん、それぞれ、ここフランスで、それぞれの問題意識とミッションを持って懸命に努力されています。そのお姿に、勇気と元気を頂戴しました。 皆さんこれからも、日本とフランスのために頑張って下さいね。

     

    (写真左から:SBトラデュクションの江東さん、生物学研究者で日本の大学で講師として帰国される村西さん、小林、折紙創作作家の合谷哲哉さん、それにブリジストン・アンカーサイクリングチーム監督の水谷さん、さらに火山研究者の古賀先生、JANAの合谷麻容子さん。)

     1月7日(水)ミシュラン本社を訪問させていただきました。ミシュランと日本の関係は長く、1964年の東京オリンピックに際して開業した羽田と浜松町を結ぶモノレールのゴム車輪にミシュランのタイヤが使われたのが日本市場への初登場だそうです。日本には群馬県太田市に研究開発センターがあります。日本ミシュランタイヤは、工場は閉鎖しましたが、今後は研究開発拠点としての役割を強化させていかれるとの説明でした。タイヤの発明の起源は、やはりミシュランで、馬車の乗り心地が悪いということで初めにゴムの固まりを車輪にはめて、これは世紀の大発見ということで次々に実用化が進みました。そのゴムは仏領インドネシアからほど近いタイで生産されたそうです。因みにタイヤの溝というのもミシュランが発明しました。下の写真にありますように、最初はミシュランの「M」という文字が道路に残るのが宣伝になるからという思い付きでつけられたそうです。

     ミシュランと言えば、ミシュランガイドで有名ですが、ミシュランガイドのセクションはパリにあるそうです。ミシュラン創業者の理念は、ユーザーであるドライバーのために何ができるかを真剣に追及する、ということで、どことなく日本のおもてなし精神と一脈通じるものを感じました。ミシュランはドライバーが道に迷わないように自ら道路標識を作ったり、地図を作ったり、ミシュランガイドも実はあれはドライバーのことを考えて作られたガイドブックだったりします。ですので、車でしか行けないレストランが掲載されているというのは、フランスを旅行した日本人の誰もが気付くことです。赤ミシュランと緑ミシュランはいつの時代も、週末ドライブには必携です。ミシュランは、クレルモンフェランの日本語補習授業校に対する支援も行っています。今後とも、日仏企業間交流がさらに進むことを期待したいと思います。

    (写真左:左からレミ・ド=ヴェディヤック ミシュラン・フランス社長、ジェラール・デュエム クレモンフェラン所長、アントワン・ソートゥネ担当官)
    (写真右:世界一大きなタイヤはミシュラン製です。)

    (写真:ミシュランの記念館(l’aventure MICHELIN)では、ビバンドム君と記念写真が撮れます。)

    1月10日(土)は、ローヌアルプ州柔道連盟の新年鏡開式に出席して参りました。御存じの方も多いでしょうが、フランスは柔道人口70万を超える世界一の柔道大国です。日本で20万人程度ですから約3倍の競技人口を抱えます。ここローヌ県は仏国内では三番目に柔道が盛んなところで、今年の鏡開式は、ジャン=リュック・ルジェ仏柔道・柔術・剣道連盟会長、カトリーヌ・アルノー選手(87年、89年56kg級の世界選手権チャンピオン)他150名の柔道家が参加されました。

     日本の武道である柔道がここまでフランスで普及したのは、50年に亘り柔道を教えてこられた粟津正蔵先生の存在なしには語れないと思います。個人的にお慕い申し上げており、現在もパリに御在住です。ルジェ会長と話をしていて、日本の心、武道の心は闘争心が基本にないと言われてはっとしました。彼は山下泰裕さんと現役時代何度も戦って一度も勝てなかったそうで、ただし、勝負の時の山下さんは、いつもとても穏やかだったのが印象的だったと語っておられました。

     柔道の精神は、嘉納治五郎の残した「自他共栄」に集約されており、その精神は、技の中に、そして勝負の中にこそ生きてくる、それが武道の深みであると思いました。鏡開式では、先のテロ事件について犠牲になった方々の冥福をお祈りすると共に、柔道家であった3名の警官の霊を悼み、全員で一分間の黙祷を行いました。

     

    (写真左:鏡開式での総稽古の模様。まるでそこは日本の空間でした。)
    (写真右:模範演武で大技「肩車」を見事に決める女子高生柔道家)

    (写真左:日本を代表して挨拶をする小林所長、武道とスポーツの違いについて述べました。)
    (写真右:左はカトリーヌ・アルノーさん、山口香選手と名勝負を演じました。右はジャン=リュック・ルジェさん、75年フランス人で史上初めて世界選手権で優勝しました。なお、小林所長は少林寺拳法4段の腕前です。)

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